如此◦でうす より眠る事なき起手◦無言する事なき談義者◦草臥る事なき師匠を与へ給ふを以て◦深く善徳を御大切に思召るゝ御計ひ◦微妙の御内証を知せ給ふ者也。是をよく弁へたる*ゑぴてとといふ学者の云く◦親は◦子に悪を退き善に勧むる道を教へんが為に◦若年の時より師匠の手に渡すごとく◦でうす 人を御作なされし初より面々生れ付によしあしを覚ふる心の精徳を◦こんしゑんしやと号して師匠と渡し給ふ事は◦常に悪を退け善を行へと心をおこし勧むべき為なりと。去ば此こんしゑんしやは◦善人の為の守手◦師匠なるが如く◦悪人の為には心の責手◦訴手◦苛責の人と成て◦悦びの中に苦しみを交ゆる者也。去ば悪人のこんしゑんしや心にくひつく事は◦荊棘のさし苦しむるに異ならず。此荊を知らんと思はゞ◦其謂れ数多あり。一ツには科は自不浄にして無道也。是を指て学者の曰く◦人のおもはくにも拘らず◦でうす の御照覧なしといふとも◦科の不浄を知るにをひては◦一悪を犯すべからずと。二ツには科といふは人の仇なり。即身の仇を求むる者也。三ツには科は悪名を遁れず◦生得◦人は他人に讃められん事を望み◦憎まるゝ事を嫌ふ者なれば◦科の悪名たゝずして叶はざる事を知るが故に◦身に悲しみをいだかずといふ事なし。或学者の云く◦万民に憎まるゝに勝りて余に苦しき事なしと。四ツには一命の不定◦最期の悲み◦其御糺決と終りなき苦患の恐れ◦皆以て悪人の心をさし苦しむる荊也。かほど定めなき露の命の◦必死すべき事を思へば◦ゑけれじやすちこに見へたる如く◦其日はわが科の報ひをうけ◦諸悪邪悪の終りなりと知るが故に◦愁をいだかずといふ事なし。悪人の習ひは◦縦ひ少の苦悩を以ても必最期来るべき事を思ひ◦心の騒ぎ絶ざるが故に◦一命を惜む苦しみ甚しく◦墓なく空しき影に恐れて震ひをのゝく者也。或は国に疫癘をこりて万民死しはて◦又は雷電地震の難に逢ても◦忽ち身の上かと恐るゝ者也。是皆あしきこんしゑんしやの証拠也。如此茂りたる荊棘ち〔ママ〕一ツに群りて◦悪人の心をさし苦しむる者也。是に付て*じよぶの経に見へたる如く◦悪きこんしゑんしやは常に心を喰ひ◦訴ふる叫びの声やむことなし。又心易く居るといへども◦畢竟敵の謀略を恐るゝ者也。誠に悪人はいつも案堵の様に見ゆるといへども◦終に悪しきこんしゑんしやの恐れ絶る事有べからず。*じよぶの云く◦闇より光へ出る事を難しと思ふなりと。此心は今住しける悪きこんしゑんしやの闇より出て◦無事案堵に移り◦あにまは でうす の御光をうけ奉る清きこんしゑんしやに住すべき事難しと思ふ者也。ゆへを如何といふに◦悪人の心は常に白刃をふむが如く◦恐れを懐かずと云事なし。死するとじゆいぞの恐れ心を動かし◦倍す科の御糺決の緊かるべき事を思へば◦飲食の隙も更に心の寬ぎといふ事なし。喩へば大将の陣頭を守る兵は前後左右を囲むごとく◦悪人は常に騒がしき心の恐れに囲まれずといふ事なし。是皆悪きこんしゑんしやに付て*じよぶの親みのいへる辞也。或学者の云く◦でうす の終りなき御掟は◦常に悪人の心に責かゝると。又ぽろぺるびよといふ経の廿八に◦Fugit impius, nemine persequente; justus autem quasi leo confidens absque terrore erit. Proverb. 28 悪人は誰も追ざるに逃げ◦善人は獅子王の如く強く猛き者也と。*さんと◦あぐすちいによ是を注し給ひて◦如何に御主◦誠に是御身の御定め也。悪人の乱れたる心はそれ即身の苦しみ也と宣ふ也。見よ◦悪人はこんしゑんしやのみに限らず◦常の進退皆もて如此。万事に﨟次をみだしながら◦争か案堵の思ひに住すべきぞ。手足筋骨のつがひ〳〵違ふ時は◦其痛み尤たへがたき者也。又四大それ〴〵の陶り所を離るゝ時は◦如何計の騒がしき事をなすと思ふや。又色身の血気乱れて血の道違ふ時は◦如何ほどの病をか生ずると思ふや。生得人は道理をもととするがゆへに◦道理に随つて勤めず乱行不法なるにをひては◦争かなやみ乱るゝ事のなからんとは思ふぞ。誠なる哉◦貴き*じよぶの金言 Quis restitit ei, & pacem habuit. Job. 9 でうす に背き奉りて◦誰か案堵の思には住すべきぞと。*さん◦げれごうりよ是を注し給ひて◦でうす の大なる御奇特を以て◦万物を御作なされし如く◦面々其身を巣立んが為に次第たゞしく定め給へば◦御作者の御掟を背きてそれぞれの次第なきにをひては◦ともに無事を失ふべき者也。でうす の定め給ふ御掟にもれて◦争か無事を得んと思ふぞ。でうす に随ひ奉るを以て◦万事案堵の思ひをなし◦又御法度に違ふ時は◦こと〴〵く覆りて﨟次正しからざるが故に◦真の無事を失ふ者也。是即悪のあんじよと人の元祖の上に見へたり。私の望みを本とし◦でうす を背き奉り◦御法度に随はざりしあんじよは◦天上の位を飜していみじき無事を失ふ者也。人も又◦天の御掟を背かざる以前◦善の位に住して其身を無事に保といへども◦御掟を背きて後は◦忽ち心乱れ騒ぎて色身ともに戦ふ者也と。是皆*さん◦げれごうりよ注し玉ふ也。*さん◦とますも又◦是に等き道理を注し給ふ者也。然ば でうす の御憲法を以て◦現在より悪人に与へ給ふ殃の一ツといふは◦右に顕はす心中の苦患是也。*さんと◦あんほろじよの宣く◦こんしゑんしやの疵に勝りて何事か苦しき事あらんや。但此苦しみに替るにをひては◦或は失墜◦或は火事◦或は病◦又は如何なる痛みをもても厭ふべき事に非ずやと。*さん◦じどろの云く◦悪きこんしゑんしやに勝りて苦しき事なし。故に汝常に悲しみを遁れんと思はゞ◦行跡を正しくせよと宣ふ也。又此道理真実なる証拠として◦ひいですの光をうけざるぜんちよの学者までも◦悪人の上に定りたる苦慮ありといふ事を知るが故に*せねかの云く◦人目を凌ぎ悪名を厭ふ事は何事ぞ。只汝がこんしゑんしやよきにをひては◦世界をも証拠とせよ◦悪しきこんしゑんしやあるにをひては◦独なりとも心騒ぎくるしむべし。汝善事を為すにをひては◦縦人は知らずといふとも◦汝はそれを知るが故に◦隠すに益なし。嗚呼かほど明白なる証拠を蔑如にする汝は◦さても不便なる者哉。其故は諺に云く◦自己のこんしゑんしやは他の千人の証拠に同じと。又云く◦第一罪の報ひと云は則罪を犯す事也。汝が罪の恐敷証人と云は◦則汝が身より外になし。他人をば皆逃る事叶ふべし。我身よりは逃る事更に叶ふべからず。其罪則身の苦しみとなれば也と。又*つうりよの曰く◦善悪に付てこんしゑんしやは大強の者なるが故に◦犯さゞれば恐れなし◦犯せば恐れのたゆる事なしと。是常に悪人の凌ぐ苦しみの一ツ也。現世より初て未来までうけ続く苦患是なりと。いざいやすといふ経に◦永劫不退死する事なき蟲といふは◦悪人のこんしゑんしや◦かみ付苦しむるとあるも是也
§一 善人の楽みとなるよきこんしゑんしやの悦びの事
然るに善人達は◦右に顕はす悪きこんしゑんしやの苦しみを遁れ給ひ◦則すぴりつ◦さんと彼あにまにうへ置給ふ徳本の善の実を味ひ試み給ふ者也。喩ば◦ぱらいぞ◦てれあるに定め置給ふ花園は◦すぴりつ◦さんとの御翫びなさるゝ御園に等き也。是に付て*さんと◦あぐすちいによ◦ぜねじすといふ経の注に宣く◦善人のよきこんしゑんしやの悦びはそれ則ぱらいぞなりと。爰を以て◦諸善備り給ふ善人達を指てゑけれじやと呼給ひ◦同じくがらさと潔よき心の悦び充々給ふゑけれじやを指て◦ぱらいぞとよび給ふ事◦其道理ある儀也。又云く◦来世にて真の甘味を尋る汝◦則其を約束し給ふ御主の御掟を保つにをひては◦現在にて何たる辛苦艱難の中にありとも◦其甘味を見付べしと思へ。悪より生ずる子に勝りて◦善の実の味ひある事をば◦時節を経ずして試み知るべし。又悪きこんしゑんしやを以て身の楽みを極むるよりも◦よきこんしゑんしやを以て辛労を凌ぐは◦猶真の甘味となる悦びのほどを◦試み知るべしと宣ふ也。故によきこんしゑんしやの悦び◦如何計深きぞといふ事を弁へよ。喩ば蜜は生得甘きものなるが故に◦苦き物をも甘くなすごとく◦よきこんしゑんしやの悦びは◦現在の辛苦を甘くして悦びと変ずる者也。又悪は生得無道にして不浄なる物なれば◦悪人の苦しみとなるごとく◦善の美しく清きを以ては◦善人の悦びとなる者也。是を指てさるも百十八に Im via testimoniorum tuorum delectatus sum, sicut in omnibus divitijs. Psal. 118 御主の御掟は◦真実まさに廉直也。金玉よりも価高く蜜よりも尚甘しと。是御掟を保つをもて悦びを得と知らせ給はんが為に◦如何に御主◦御掟の道は世界にあるほどの実に等く◦われ悦ぶと宣ふ也。*ぱろへたの御子さらもんも是を述べ給ひて Gaudium jusuto est facere judicium. Prov. 21 善事を為す事は◦則善人の悦び也と。去ば此悦びの由来多しといへども◦分て善の美しく堆きよりをこる物なれば◦更に凡慮の及ばざる儀也。是を指て*さんと◦あんぼろじよ◦今生にて善人の果報はよきこんしゑんしやに極るなりと宣へり。是則◦我等は一命を無事に栄ふるほど◦善の美しさと光を持者也
去ばぜんちよの学者さへ◦悪きこんしゑんしやに苦しみある事を弁へ◦よきこんしゑんしやには悦びありといふ事を知るが故に◦つうりよの云く◦よく生涯の隙を貴き勤めに使ふ人は大なる悦を得る也。それを行ひすますにをひては◦辛労の重荷を覚へず◦却て軽くなすといへり。*せねかの云く◦知者は常に悦ぶ者也。是よきこんしゑんしやの水上より出る也と。右ぜんちよの学匠は◦後生の徳を楽まずといへども◦よきこんしゑんしやの悦びある事をば大に讃めあげけるに◦況や◦現当二世ともに大なる吉事と御返報を定めおき給ふ◦天の快楽を弁へ奉るきりしたん◦争か是を益々楽まざらんや。又爰に勘弁すべき事あり。縦よきこんしゑんしやの証拠ありといふ共◦貴き恐れを兼ずんば有べからず。此貴き恐れあるを以て◦正路なる頼母しきを得るが故に◦弱き心を強らして◦信力も堅固になる者也。此恐れなきあにまは◦真の道を失ひ◦偽りたる無事高慢の基となる也。故に◦善人達の楽み給ふよきこんしゑんしやの証拠といふは◦善より出る徳儀の内の一ツなりと勘弁せよ。是をさして*さん◦ぱうろ Nam gloria nostra haec est, testimonium conscientiae nostrae. 2. Corint. 1 我等が楽しみといふは◦よきこんしゑんしやの証拠なりと宣へり。此心は正直にして潔よく◦わが智恵を本とせず。行跡を正しくするにありと宣ふ儀也