和歌體十種
夫和歌者、我朝之風俗也。與ニ於神代一盛ニ于人世一。詠レ物諷レ人之趣、同二彼漢家詩章一。之有二六義。然猶時世澆季、知二其體一者少。至下于以二風雅之義一當中美判之詞上、先師土州刺史叙二古今歌一、粗以レ旨歸矣。今之所レ撰者只明二外貌之區別一、欲二時習之易一レ諭也。于レ時天慶八年冬十月壬生忠岑撰。
和歌體十種
- 古 歌 體
- 小笠原へゐのみ牧にあるゝ馬もとればぞなづくこなが袖とれ
- 和歌の浦に潮滿ちくれば潟をなみ蘆邊をさしてたづ鳴き渡る
- 風吹けば沖つ白浪立田山夜半にや君がひとり越ゆらむ
- 郭公鳴くやさ月のみじか夜もひとりしぬれば明しかねつも
- 春日野に若菜つみにや白妙の袖ふりはへて人の行くらむ
- 古歌雖レ多二其體一、或詞質俚以難レ採、或義幽邃以易レ迷。然猶以二一兩之眼及一、欲レ備二其准的一。但、皆通二下九體一。不レ可二必別一。有二此體一耳。
- 神 妙 體
- 我が君は千代にましませさゞれ石の巖となりて苔のむすまで
- み山には霰降るらし外山なる正木のかづら色づきにけり
- 月も日もかはり行けどもひさにふるみ室の山のとつ宮どころ
- 血の淚おちてぞたぎつ白川は君が代までの名にこそありけれ
- 草深き霞の谷にかげかしく照る日の暮れし今日にやはあらぬ
- 是神妙體、神義妙體、徒立二其名一撰、難レ叶二其實一耳。
- 直 體
- 何をして身のいたづらに老いぬらむ年の思はむこともやさしく
- ありはてぬ命まつまの程ばかり憂きことしげく思はずもがな
- 秋來ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる
- 我宿の池の藤波さきにけり山ほとゝぎす今やなくらむ
- 都へと急ぐにものゝかなしきは歸らぬ人のあればなりけり
- 此直體、義實以無二曲折一爲レ得耳。
- 餘 情 體
- 我が宿の花見がてらに來る人は散りなむ後ぞこひしかるべき
- 今來むといひしばかりになが月の有明の月を待ち出でつるかな
- 思ひかね妹がり行けば冬の夜の川風さむみ千鳥なくなり
- 音羽山せきるゝ水のたぎつ瀨に人の心の見えもするかな
- わたの原八十嶋かけて漕出ぬと人にはつげよあまの釣舟
- 是體、詞標二一片一義籠二萬端一。
- 寫 思 體
- たのめつゝ來ぬ夜あまたになりぬれば待たじと思ふぞ待つにまされる
- 君が住む宿の梢を行く〳〵とかくるゝまでにかへり見しやは
- 來ぬ人を下に待ちつゝ久方の月をあはれといはぬ夜ぞなき
- 思ひつゝぬればや人の見えつらむ夢と知りせばさめざらましを
- 我宿を過ぎぬ限りはたまほこの道ゆく人をたのみけるかな
- 此體者、志在二于胸一難レ顯、事在二于口一難レ言、自想心見、以レ歌寫レ之。言語道斷、玄又玄也。況與二餘情一混二其流一、與二高情一交二其派一。自レ非二大巧一可二以難一レ決レ之。
- 高 情 體
- 冬ながら空より花の散り來るは雲のあなたは春にやあるらむ
- 行きやらで山路くらしつ時鳥いま一聲の聞かまほしさに
- 散り散らず聞かまほしきを故鄕の花見てかへる人もあはなむ
- 山たかみわれても月の見ゆるかな光をわけて誰に見すらむ
- 浮草の池のおもてをかくさずはふたつぞ見まし秋のよの月
- 此體、詞雖二凡流一義入二幽玄一、諸歌之爲二上科一也、莫レ不レ任二高情一。仍神妙、餘情、器量皆以出二是流一。而只以二心匠之至妙一難三強分二其境一。待二指南於來哲一而已。
- 器 量 體
- 昨日こそ年はくれしか春霞かすがの山にはや立ちにけり
- 梅の花それとも見えず久方のあまぎる雪のなべて降れゝば
- 蛙なく神なみ川にかげ見えて今や咲くらむ山吹の花
- このたびはぬさも取り敢へず手向山紅葉のにしき神のまに〳〵
- 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
- 此體、與二高情一難レ辨、與二神妙一相混。然只以二其製作之卓犖一、不二必分一。義理之交通耳。
- 比 興 體
- 雪のうちに春は來にけり鶯のこほれる淚今やとくらむ
- 花の色は霞にこめて見えねども香だにぬすめ春の山風
- 心あてに折らばや折らむ初霜のおきまどはせる白菊の花
- 秋風の吹上に立てる白菊は花かあらぬか浪のよするか
- 名にしおはゞいざ言とはむ都鳥我がおもふ人はありやなしやと
- 此體、如二毛詩一者標レ物顯レ心也。是不二其義一。只以二俗所レ言之有一レ興、假二其一片之名一也。
- 華 艷 體
- 梅が枝に來ゐる鶯春かけて鳴けどもいまだ雪は降りつゝ
- 花見にも行くべきものを青柳のいとてにかけて今日は暮しつ
- 袖たれていざ我がそのに鶯の木づたひ散らす梅の花見に
- うつろはむことだに惜しき秋はぎに折れぬばかりにおける露かな
- 兩 方 體[1]
- 山高き雲井に見ゆる櫻花心のゆきて折らぬ日ぞなき
- 年をへて花の鏡となる水は散りかゝるをやくもるといふらむ
- わびしらにましはな鳴きそ足引の山のかひある今日にやはあらぬ
- 白雪のともに我身はふりぬれど心は消えぬものにざりける
- 此體、古歌之所レ好、俗以レ之云二曾不一レ然。不二詩之風義一耳。
脚注
編集- ↑ 底本「〔以下三行今補入〕」の傍書あり
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