初等科國語 六/初冬二題

八 初冬二題

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ゆず

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今年も、隣りのゆずが黄ばんだ。
かんとさえた冬空、
太陽が、まぶしく仰がれる。


かさこそと、
竹竿であの木の梢をつついてゐた
隣りのをぢさんは、今ゐない。
からたちの垣根越しに、ふとほほ笑んで、
「あげようか。」と、投げてくれた
をぢさんは、よい人だつた。
あの時、ざくつとおや指を皮に突き立てたら、
しゆつと、しぶきがほとばしつて、
つめを黄いろく染めたものだつた。


なつかしいゆずのかをり、
わたしは、じつと梢を仰ぎ見た、
今は部隊長になつて、
戰地へ行つてゐるをぢさんを思ひながら。

朝飯

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新づけの白菜、
何といふみづみづしさであらう。
かめば、さくさくと齒切れよく、
朝の氣分を新たにする。


父も、母も、兄も、妹も、
だまつて箸を動かしてゐる。
そろつて健康に働く家族の、
樂しい朝飯だと思へば、
あたたかい御飯の湯氣が、
幸福に、私たちの顔を打つ。


明けて行く朝、
窓ガラス越しに、林が黑い。
からからと、どこかで荷車の音。
白い御飯から、
あたたかいみそ汁から、
ほかほかと、立ちのぼる湯氣を見つめながら、
私は、さくさくと白菜をかむ。