バラク・オバマの第1回一般教書演説
演説
編集下院議長[1]、バイデン副大統領[2]、議員諸君、来賓諸君、及び国民諸君よ。
我が国の憲法は、大統領が折に触れて連邦の現況に関する情報を議会に提供するよう規定している。220年間、我が国の指導者はこの義務を履行してきた。彼らは、繁栄の時にも平静の時にもそうしてきた。そして、戦争や恐慌の最中にも、大きな不和や大きな苦闘の時にもそうしてきた。
これらの時代を振り返ると、我が国の進歩は必然であった――米国は常に、成功するよう運命付けられてきたのだ――と思いたくなる。だが、ブル・ラン川で北軍が敗北した[3]際や、連合国が最初にオマハ・ビーチに上陸した[4]際、勝利は非常に疑わしかった。市場が「暗黒の火曜日」[5]に暴落した際や、公民権を求めるデモ行進の参加者が「血の日曜日」に暴行を受けた際、未来は決して確かなものではなかった。これらは、我々の信念から出ずる勇気と団結の力とを試した時代であった。そして、分裂や不一致、躊躇や恐怖にもかかわらず、1つの国家として、1つの国民として前進することを選んだが故に、米国は勝利したのである。
我々は再び試されている。そして我々は、再び歴史の呼び声に答えねばならない。
1年前に私が就任した際、我が国は2つの戦争[6]の只中にあり、経済は深刻な不況によって強く揺さぶられ、金融構造は崩壊の瀬戸際にあり、政府は多額の負債を抱えていた。様々な政治的分野の専門家らは、行動せねば第2の恐慌に直面するであろうと警告した。故に我々は行動した――迅速かつ積極的に。そして1年後、嵐は最悪の時期を脱した。
だが、荒廃は残っている。米国民の10分の1は未だ仕事を見付けられずにいる。多くの企業が倒産した。住宅の価値は下落した。小さな町や村落は特に打撃を蒙った。そして、既に貧困に陥った者にとって、生活は一層厳しいものとなった。
この不況は同時に、米国の家庭が何十年間も抱えてきた負担をより重くした――よりきつく、より長く、より低賃金の労働という負担を。定年退職し、あるいは子らの大学教育を支援するに充分な、貯金ができないという負担を。
現状の社会不安については承知している。それらは新しいものではない。こうした葛藤の故に、私は大統領に立候補した。こうした葛藤を、私は長年インディアナ州エルクハートやイリノイ州ゲールズバーグといった地で目撃してきた。私は、毎晩読む手紙の中でこうした話を知る。読んでいて最も辛いのは、児童によって書かれたものである――何故自分達は我が家を去らねばならないのか、お母さんやお父さんはいつになったら仕事に戻れるのかと尋ねる手紙である。
これらの米国民や他の多くの者にとって、変革は迅速に訪れたとはいえない。中には苛立つ者もいる。憤る者もいる。彼らには理解できないことがある。ウォール・ストリートにおける悪しき振舞いは報われているらしいというのに、メイン・ストリートでの重労働は何故報われないのか。何故ワシントンは国内問題をまるで解決できないのか、あるいは解決したがらないのか。彼らは党利党略、口論、狭量さに辟易している。彼らは、我々には解決できないと考えている。それは今に始まったことではない。
我々は、巨大かつ困難な課題に直面している。そして、米国民が望んでいること――彼らに与えられるべきこと――は、我々民主・共和両党の全員が、相違を超えて協力することであり、我が国の政治における麻痺的負担を克服することである。何故ならば、例え我々を議会に送り込んだ有権者が異なる背景、異なる経歴、異なる信念を持っていようとも、彼らが直面している懸念は同じだからである。彼らの望みは共通している。勘定を支払えるような仕事であり、成功する機会であり、何よりも、より良い人生を子らに与える能力である。
諸君は、彼らが他に何を共有しているかご存知だろうか? 彼らは逆境にあっても、不屈の回復力を共有している。我が国史上屈指の難局を経て、彼らは車を造り、子らを教育し、起業し、学業に復帰している。彼らは、リトルリーグをコーチし、隣人を助けている。ある女性から手紙を頂いた。そこには、「私達は、弱っていながらも希望に満ち、もがきながらも勇気付けられています」とあった。
今夜ほど米国の未来に希望を持ったことはない。それは、こうした精神――この大いなる品位と大いなる力と――の故である。苦難にもかかわらず、我が連邦は強い。我々は諦めない。我々は投げ出さない。我々は、鋭気を挫く恐怖や分裂を許さない。今後10年のうちに、米国民は己の品位に見合った政府を、彼らの力を具現化するような政府を得るべきである。
そして今夜、今夜私は、その約束を如何にして共に果たし得るかについて申し上げたい。
まずは国内経済の話から始めよう。
就任時における喫緊の課題は、危機の元凶たる銀行群の支援であった。それは容易ではなかった。そして、民主党員、共和党員、及び全国民を1つにしたものがあるとすれば、我々が皆、銀行救済を嫌がったということである。私はそれを嫌がった。私はそれを嫌がった。諸君も嫌がった。それは歯の治療のようなものであった。
だが、私は大統領に立候補したとき、人気のある政策ばかりを行う訳ではないと約束した――必要な政策を行うのだと。そして、我々が金融構造のメルトダウンを許したなら、失業は現在の倍になっていたかもしれない。より多くの企業が倒産していたであろう。より多くの家が失われていたであろう。
故に私は、前政権が策定を進めてきた金融救済計画を支持した。そして、我々は同計画を継承し、より透明で責任あるものとした。結果、今や市場は安定し、我々は銀行に投じた資金の大半を回収した。全てとは言わないまでも、大半を。
残額を回収するために、私は大銀行への課金を提案した。ウォール街がこの考えに乗り気でないことは承知している。だが、再び巨額の賞与を支給する余裕があるなら、これらの銀行は、苦境を救ってくれた納税者に幾許かの金を払えるはずなのである。
さて、我々は金融構造を安定させると同時に、自国経済を再び成長させ、できるだけ多くの雇用を確保し、失業者を助けるための措置を行った。
だからこそ、我々は1800万人以上の米国民のため、失業保険給付金を拡大または増額させた。 COBRA[7]を通じて医療保険の適用を受ける家庭に対し、保険料を65%引き下げる[8]。そして、25種の減税を通過させた。
繰り返し言いたい。我々は減税した。我々は勤労者世帯の95%に対して減税した。我々は中小企業のために減税した。我々は初めて住宅を購入する者のために減税した。我々は育児をする親のために減税した。我々は大学に学費を払う800万の米国民のために減税した。
これでいくらか拍手が得られると思ったのだが[9]。
その結果、何百万人もの米国民がガソリン、食料その他の必需品を消費するようになり、企業はより多くの労働者を雇用できるようになった。そして我々は、所得税を誰に対しても、10セントたりとも引き上げなかった。10セントたりともである。
我々が採った措置のお陰で、約200万人の米国民が今も働いている。彼らは、措置がなければ失業していたかもしれないのである。20万人は建設業とクリーンエネルギー産業で働いている。30万人は、教師その他の教育労働者である。数万人は警察官、消防士、刑務官、緊急救援隊員である。そして我々は、年末までに更に150万の雇用を上積みする予定である。
減税から雇用に至る政策の全てを可能にした計画、それは復興法 (Recovery Act) である。そう――復興法、通称「景気刺激法案」[10]である。経済評論家は右も左も、この法案が雇用を維持し、惨事を回避するのに貢献したと言っている。だが、こうした言葉を鵜呑みにしてはならない。フェニックスの中小企業は、復興法によって従業員を3倍に増やした。フィラデルフィアの窓製造業者は、かつて復興法を疑わしいと語っていた。同法が創出した事業によって作業シフトを2つ追加せねばならなくなるまでは。2人の子を育てる独身教師は、学期末に校長から、復興法のお陰で君を解雇せずに済みそうだと言われた。
こうした話は米国中にある。そして、2年間の不況を経て、経済は再び成長している。退職基金は、価値を取り戻し始めた。企業は投資を再開し、一部は徐々に雇用を再開した。
だが私は承知している。あらゆる成功物語の裏には、次の給料がどこから来るか判らないという苦悩と共に目覚め、毎週履歴書を送っても返答がない、そんな人々の物話があるということを。だからこそ、雇用こそが2010年における我が国の最大の焦点でなければならないのであり、だからこそ、今夜私は新たな雇用法案を求めるのである。
さて、この国における雇用創出の真の原動力は、常に米国の企業となるであろう。だが政府は、企業が拡大し、より多くの労働者を雇う上で必要な条件を、創出することができる。
我々は、多くの新規雇用が生まれる所、即ち中小企業から始めねばならない。起業家が夢に賭けた時や、労働者が自営を決意した時[11]、中小企業は生まれる。これらの企業は、真の気骨と決意を通じて不況を脱し、成長しようとしている。だが、ペンシルヴェニア州アレンタウンやオハイオ州エリリアのような場所で中小企業主と話せば判るであろう。ウォール街の銀行は融資を再開してはいるが、専ら大企業に対してであるということを。国中の中小企業主にとっては、融資は今なお困難である。例えそれが、利益を上げている者であろうとも。
だから今夜私は、ウォール街の銀行が返済した300億ドルの資金を用いて、中小企業の事業継続に必要な資金を地方銀行が融通しやすくするよう提案する。また、私は新たな中小企業向け税控除―― 新たな労働者を雇ったり、賃金を引き上げたりする、100万以上の中小企業に行き渡るような――を提案する。一方、中小企業への投資に対するキャピタルゲイン課税を全廃すると共に、新たな工場や設備に投資する大小全ての企業に対し、税制上の優遇措置を提供しよう。
次に、我々は米国民をして、明日の社会基盤建設を今日行わしめることができる。初期の鉄道から州間高速道路網に至るまで、我が国は常に競争力のある形で[12]建設されてきた。最速の列車やクリーンエネルギー製品を製造する新工場を、欧州や中国が持つべき理由などない。
明日、私はフロリダ州タンパを訪問する。同地では、新たな高速鉄道が復興法による融資を得て、間もなく着工される。このような計画は国中にある。これらは雇用を創出すると共に、我が国の商品、サービス、及び情報の流通に寄与するであろう。
クリーンエネルギー施設の建設に対する国民の理解を求める[13]べきであり、また、クリーンエネルギー雇用を支える住宅のエネルギー効率を向上させる米国民には割戻しを与えるべきである。そして、企業が国内に留まるようにするためにも、雇用を海外に流出させる企業に対する減税を中止し、まさにここアメリカ合衆国で雇用を創出する企業にこそ減税措置を与えるべきである。
さて、下院はこれらの措置のいくつかを含む雇用法案を通過させた。本年第1の仕事として、私は、上院にもそうするよう促したい。そして恐らく、そうしてくれるであろう。彼らはそうしてくれるであろう。人々は失業している。彼らは傷ついている。彼らは我々の助けを必要としている。そして、雇用法案が遅滞なく私の机に届くよう望んでいる。
だが実際には、これらの措置をもってしても、過去2年間で失われた700万の雇用の埋め合わせはできまい。完全雇用への唯一の道は、長期経済成長の新たな基礎を築き、米国の家庭が長年直面してきた問題を解決することである。
我々は過去10年間――「失われた10年」と呼ぶ者もいるが――のような、いわゆる経済「拡大」を再現する訳にはゆかない。過去10年間は、過去の如何なる景気拡大よりも雇用の伸びが鈍く、平均的米国人家庭の収入が落ち込む一方で医療費や授業料が最高水準を記録し、住宅バブルと金融投機の元で繁栄が築かれた時代であった。
私は、就任当日からこう言われ続けた。「大きな課題に取り組むのは野心的に過ぎる。そんなことをすれば、喧嘩腰になってしまう」と。こうも言われた。「我が国の政治構造は麻痺し過ぎているのだから、しばらくは保留すべきだ」と。
こうした主張をする人々に、1つだけ問いたい。いつまで待てばよいのか? 米国はいつまで未来を保留すればよいのか?
ワシントンは事態が悪化した時ですら、何十年間も待つよう我々に言い続けてきた。一方中国は、経済を改造するのを待っていない。ドイツも待っていない。インドも待っていない。これら諸国は立ち止まっていない。これら諸国は、2位の座など求めてはいない。彼らは、数学や科学に重点を置いている。彼らは自国の社会基盤を再構築している。彼らはクリーンエネルギー関連業務を獲得すべく、同分野に本気で投資している。私はアメリカ合衆国が2位になることは容認できない。
如何に困難であろうとも、如何に不愉快かつ喧嘩腰になろうとも、今こそ我が国の成長を妨げている問題を本気で修正すべきなのである。
まずは本格的な金融改革である。私は銀行を処罰したい訳ではない。我が国の経済を守りたいのである。強く健全な金融市場は企業に対し、資金の活用や新規雇用の創出を可能にする。また、家庭の貯蓄を投資へと導き、所得を増加させる。だがそのためには、国内経済全体を崩壊の淵に追いやった無謀さに用心せねばならない。
消費者や中産階級の家庭に対しては、金融面での意思決定に必要な情報を提供せねばならない。金融機関――貴方の金を預る金融機関を含めて――が、危険を冒して経済全体を脅かすのを、容認する訳にはゆかない。
さて、下院は既にこれらの変革の多くを含む金融改革(法案)を通過させた。そして、ロビイストはそれを抹殺しようとしている。だが我々は、彼らに勝たせる訳にはゆかない。そして、私の机に送られる法案が、真の改革という試練に対応していないなら、議会がそれを正すまで、私はそれを突き返す所存である。我々はそれを正さねばならないのである。
次に、我々は米国のイノベーションを奨励する必要がある。昨年、我々は基礎研究分野への史上最大の投資――世界一安価な太陽電池や、健康な細胞に触れずに癌細胞だけを殺す治療へと繋がる投資――を行った。そして、エネルギー分野ほど革新が見込まれる分野はない。諸君は昨年の投資の結果をクリーンエネルギー事業に見ることができる――ノースカロライナ州の企業は、高性能電池の製造のために全国で1,200人の雇用を創出する。カリフォルニア州の企業は、太陽光パネル製造のために1,000人を雇用する。
だが、こうしたクリーンエネルギー雇用を増やすには、更なる生産、更なる効率性、更なる刺激策が必要である。それは、安全かつクリーンな新世代の原子力発電所をこの国に建設することを意味する。それは、沖合での石油・天然ガス開発を新たに始めるという厳しい決断をすることを意味する。それは、高性能のバイオ燃料やクリーンな石炭利用技術への継続的投資を意味する。そして、クリーンエネルギーを米国における有益なエネルギーにするような刺激策を含む、包括的なエネルギー・気候法案を通過させることを意味する。
昨年こうした法案を通過させてくれた下院には、感謝している。そして今年は、上院も超党派の取り組みを是非進めて頂きたい。
この厳しい経済情勢下で、我が国がそうした変革を実現できるか否かが疑問視されてきたことは承知している。気候変動に関して、圧倒的な科学的証拠を認めない者がいることは承知している。だが――例え諸君が証拠を疑おうとも、エネルギー効率とクリーンエネルギーへの刺激策の提供は、我々の未来のために為すべきことである――何故ならば、クリーンエネルギー経済を主導する国家こそが、世界経済を主導する国家となるからである。米国はそうした国家でなければならない。
第3に、我々には自国商品を更に輸出する必要がある。何故ならば、我々がより多くの製品を製造して他国に輸出すれば、ここ米国でより多くの雇用が維持されるからである。故に今夜、我々は新たな目標を設定する。我々は今後5年間で輸出を倍増させ、もって米国での200万の雇用を支える。目標達成のために、我々は「国家輸出計画」に着手する。これにより、農家や中小企業の輸出増加を支援すると共に、国家安全保障に合致する輸出管理を改革する。
我々は競合国が行っているように、新たな市場を積極的に探さねばならない。諸外国が貿易協定に署名しているというのに米国が傍観を決め込むならば、我々は自国に雇用を創出する機会を失うであろう。だが、それらの恩恵を実現するということは、貿易相手国が規範に従って行動し、協定を実施するということをも意味する。だからこそ、我々は世界市場を開放するドーハ貿易協定の形成を続けるのであり、だからこそアジアや韓国、パナマ、コロンビアのような主要相手国との貿易関係を強化するのである。
第4に、我々は国民の技能と教育に投資する必要がある。
さて、我々は今年、学校を改善するための全国的競争に着手することによって、左右両派間の膠着を打破した。その意図は単純なものである。即ち、「我々は失敗に報いるのではなく、成功に報いる」のである。現状に投資するのではなく、改革――生徒の成績を向上させる改革――に投資する。学生の数学、科学における学力を向上させる。そして、村落から都心に至るまで、多くの若き米国民の未来を奪う、問題校を改善させる。21世紀における最良の貧困対策は、世界的水準の教育である。そしてこの国では、児童の成功が本人の能力よりも居住地域に左右されるなどということがあってはならない。
初等中等教育法を見直すに際し、議会と協力してこれらの改革を全50州に拡大する。それでもこの経済状況では、高校の卒業証書はもはや良い仕事を保証してくれない。だからこそ、多くの勤労者世帯の子らにとっての昇進への道であるコミュニティ・カレッジを再生させる法案を、上院が下院に続いて可決するよう促す。
大学をより通いやすいものとするために、同法案は学生ローンを組む銀行に対して支出される、無保証納税者補助金を廃止する。代わりにその資金を用いて、4年間の学費に対して1万ドルの税控除を家庭に与えると共に、ペル奨学金[14]を拡大させよう。そして他の(=学生ローンを利用して大学に通った)100万人の学生に対してはこう言おうではないか。卒業後は、学生ローンで得た金額の10%だけ返済すればよい、負債は20年で完済できる――そして公務員となる道を選べば、10年で完済できると。大学へ行くのを選んだがために破産する者など、アメリカ合衆国にいてはならないのだから。
ところで単科大学も総合大学も、経費削減に本腰を入れるべきである――彼らも、問題解決に貢献する責任を負っているのだから。
さて、大学の学費は、中産階級にのしかかる負担の1つに過ぎない。だからこそ私は、昨年バイデン副大統領に対し、中産階級の家庭に関する作業部会の議長を務めるよう依頼した。だからこそ我々は、全ての労働者に年金口座の利用権を与えたり、貯蓄を始める人のために税控除を拡大したりすることによって、保育税控除を倍増させ、また退職後のために貯蓄しやすくしているのである。だからこそ我々は、家庭の唯一最大の投資――彼らの住宅――の価値を向上させようとしているのである。昨年我々が住宅市場を支えるために採った措置により、何百万人もの米国民が新たなローンを組み、住宅ローンの返済を平均1,500ドル節約できた。
我々は今年、住宅所有者がより手頃な住宅ローンに移行できるよう、借り換えを奨励する。そして、まさに中産階級の負担を軽減するために、医療保険改革が必要なのである。我々は実行する。
ここで、はっきりさせておきたいことがある。私がこの問題に取り組む道を選んだのは、立法上の勝利を得るためではない。今更言うまでもないことだが、私が医療保険に取り組んだのは、有効な政略だったからでもない。私が医療保険に取り組んだのは、保険の適用を受けられるか否かに生活が懸かっているにも拘らず、既往症の故に適用を受けられなかった患者や、例え保険があっても、病気1つで破産してしまう[15]家庭が存在するからである。
民主党政権と共和党政権の1世紀近くに亙る格闘の果てに、我々は多くの米国民の人生に安定をもたらすという目標にかつてなく近付いた。我々が取った政策は、全ての米国民を保険業界の陋習から守るであろう。それは中小企業や無保険の米国民に対し、競争市場における手頃な医療保険計画を選ぶ機会を与えるであろう。そのためには、予防医療を含めるあらゆる保険計画が必要となろう。
ところで、私はファースト・レディのミシェル・オバマに感謝したい。彼女は今年、蔓延する児童肥満に対処し児童の健康を増進するための、国民的運動を始める。ありがとう。彼女は当惑している。
我々の政策は、掛かり付け医や人生設計を保持するために医療保険に加入している米国民の権利を守るであろう。それは何百万もの家庭や企業の経費や保険料を削減するであろう。そして、議会予算局――両党が議会のために記録官を置いた独立機関――によると、我々の政策は今後20年間で赤字を最大1兆ドル削減する。
とはいえ、これは複雑な問題であり、議論が長引けば長引くほど人々は疑念を深めた。アメリカ国民に対してもっと明確に説明しなかった私にも、責任はある。そして私は、横行するロビー活動や政治的取引の故に、大半の米国民が「私にとって何の意味があるのか?」と疑ったことを承知している。
だが私は、この問題が去っていないことをも承知している。今夜私が話し終わるまでの間にも、多くの米国民が医療保険を失うであろう。今年は数百万人が失うであろう。我が国の赤字は拡大するであろう。保険料は上がるであろう。患者は必要な治療を断られるであろう。中小企業経営者は、従業員への保険の適用を解消するであろう。これらの米国民を見捨てる気はない。この議場にいる人々も、そうすべきではない。
故に、(議論の)熱が冷めたら、我々が提示した案を皆にもう1度見て欲しい。我々の構想を知る多くの医師、看護師、及び医療専門家がこの政策について、現状より大幅に進歩していると判断しているのには、理由がある。だが、保険料を引き下げ、赤字を削減し、無保険者をなくし、メディケア(高齢者向け医療保険制度)を強化し、保険会社の暴走を止めるための妙案があるなら、どの党のどの議員でもいいから教えて欲しい。教えて欲しい。教えて欲しい。是非とも知りたい。
ただ、ここで議会にお願いしたい。改革を見放さないで欲しい。今見放さないで欲しい。我々がこれほどまでに緊密であるこの時期に、見放さないで欲しい。米国民のための仕事を終える方法を共に探ろう。成し遂げよう。成し遂げよう。
医療保険改革は赤字を削減するであろうが、我々が陥っている[16]巨大な財政の穴から脱するには充分ではない。その課題は、他のあらゆる課題の解決を困難にすると共に、多くの政治的駆け引きの対象となってきた。そこで、政府支出の議論をするに当たり、まずは事実関係の確認から始めたい。
10年前[17]、即ち2000年の時点で、米国には2000億ドル以上の財政黒字があった。私が就任した頃、我が国には年1兆ドル以上の赤字があり、今後10年間で8兆ドルの赤字になると見込まれていた。その大半は、2つの戦争、2つの減税、及び高額処方薬の計画のつけを払わなかった結果であった。その上、不況の影響で、我が国の予算には3兆ドルの穴が開いてしまった。これらは全て、私の就任前のことである。
私は単に事実を申し上げているに過ぎない。さて、もしも我々が平時に就任したなら、赤字の削減開始だけを考えていたことであろう。だが、我々は危機の只中に就任した。そして、第2の恐慌を防ぐ取り組みの結果、さらに1兆ドルの負債が上積みされた。それもまた事実である。
私は、適切な措置であったと確信している。だが国中の家庭が財布の紐を締め、厳しい決断をしている。連邦政府も同様にすべきである。故に、今夜私は、経済を救うために昨年使われた1兆ドルを返済するための、具体的措置を提案する。
我々は2011年以降、政府支出を3年間凍結する。国家安全保障、メディケア、メディケイド(低所得者向け医療費補助制度)、及び社会保障に関わる支出は影響を受けない。だが、他の政府計画は全て、影響を受けるであろう。資金繰りに苦しむ家庭と同様に、我々は予算の範囲内で必要なものに投資し、そうでないものは犠牲にする。そして、綱紀粛正に拒否権が必要ならば、私は拒否権を行使する。
我々は、無駄な計画[18]を排除すべく、予算の各行、各ページを検討し続ける。既に我々は、来年度予算のうち200億ドルの削減対象を特定した。勤労者世帯を支援するため、我々は中産階級の減税を拡大する。だが我々は、この記録的赤字の時期に、石油会社や投資ファンドの経営者、年収25万ドル以上の者に向けた減税を続ける気はない。そのような余裕などないのである。
私の監視下で費やした資金を返済した後でさえ、我が国は私の就任時に抱えていた巨額の赤字に直面するであろう。さらに重要なのは、メディケア、メディケイド、及び社会保障の経費は、激増を続けるということである。だからこそ私は、共和党員ジャド・グレッグと民主党員ケント・コンラッドによる提案を元に、超党派の財政委員会を呼び掛けた。同委員会が、問題を解決したふりをするだけの、ワシントンの小道具の1つとなってはならない。同委員会は一定の期限内に、具体的解決策を提示せねばならない。
さて、昨日上院は、同委員会の設置法案を阻止した。故に私は、大統領令を発して前進させる所存である。次世代の米国民に問題を先送りする訳にはゆかない。そして明日の投票の際、上院は1990年代の記録的黒字に大きく貢献した源泉徴収法 (pay-as-you-go law) を復活させるべきである。
我が党の中にも、「多くの者が傷付いたままだというのに、赤字の処理や政府支出の凍結などできない」と主張する者はいる。私も同感である――故に、経済がより強くなる来年までは、凍結は実施しない。こうして予算は動くのである。だが、判って欲しい――もしも我々が赤字削減に向けた重要な措置を採らなければ、市場を毀損し、借り入れの経費を上昇させ、我が国の回復を危険に晒すということを――これらは全て、雇用拡大と世帯収入とに一層の悪影響を与えるであろう。
右派からは別の主張が挙がるであろう――国民への投資を減らし、富裕層への減税を拡大し、より多くの規則を撤廃し、現状の医療保険を維持すれば、赤字はなくなると。問題は、それが我々が8年間に亙ってしてきたことだということである。それが、この危機を招いた。それが、これらの赤字を招いた。このようなことを繰り返す訳にはゆかない。
何十年間もワシントンを支配してきた古臭い論争を交えるより、新たなことを試みるべき時である。負債の山を残すことなく、国民に投資しよう。我々を議会に送った市民に対する責任を果たそう。常識をもって、試そうではないか。新たな概念を。
そのためには、我々は単なるドルの赤字以上のものに直面しているということを認める必要がある。我々は信用の赤字――長年成長してきたワシントンの政治手法に関する根深い疑念[19]――に直面している。信頼感の溝を埋めるには、立法府と行政府の双方[20]が実行せねばならない――ロビイストの甚大な影響力を断ち切るために。開かれた形で仕事するために。適切な政治を国民に与えるために。
そのために、私はワシントンに来たのである。だからこそ――史上初めて――我が政権はホワイトハウスを訪れた者(の一覧)をオンラインで掲示しているのである。だからこそ、連邦の理事会や委員会における政策決定の場に、ロビイストを入れないようにしたのである。
だが、それで終わる訳にはゆかない。ロビイストに対しては、我が政権内や議会内の誰と繋がっているのか明らかにするよう要求すべきである[21]ロビイストが連邦政府の候補に与える献金に対し、厳しい規制を設けるべきである。
連邦最高裁は先週、権力分立に充分配慮した上で、1世紀の歴史を持つ法律を覆した。私は、特定の利益団体――外国法人を含む――の資金が際限なく我が国の選挙に堰を切って流れ込むと考えている。私は、米国の選挙が米国最強の企業によって賄われるべきだとは思わない。それが外国企業ならば尚更である。選挙は、米国民によって決められるべきである。そして私は、こうした問題を修正する法案を通過させるよう民主・共和両党に促したい。
同時に私は、議会がイアマーク(利益誘導型予算)改革を続けるよう呼び掛けている。民主党も共和党も。民主党も共和党も。諸君はこの支出のいくつかを削減し、いくつかの重要な変化を受け入れた。だが、公衆の信用を回復するには、まだ必要なことがある。例えば、一部の議員はイアマーク要求をオンラインで掲示している。今夜、私は議会に言いたい。投票に先立ち、全てのイアマーク要求を1つのウェブサイトに掲載し、米国民が自分達の金の使われ方を閲覧できるようにすべきだと。
もちろん、我々が協力のあり方を改めねば、これらの改革のいずれも起こり得ない。さて、私は甘い考えを持ってはいない。私は、自分が当選したからといって、平和と調和が、そして党派を超えた時代が訪れるなどとは考えたこともない。私は、両党が深く刻み込まれた対立を煽ってきたことを承知している。そして一部の問題には、常に我々の道を分かつ思想的相違が存在する。こうした対立は、国民生活における政府の役割に関して、我が国の優位性や安全保障に関して、200年間以上に亙って続いている。それらはまさに、我が国の民主主義の本質である。
だが、毎日が選挙日である(かのような)ワシントン(の政局)は、米国民を失望させている。我々は、反対党が屈辱的な形で報道されること――相手が負ければ自分が勝つという信念――を唯一の目標とする、果てしない選挙戦を行う訳にはゆかない。いずれの党も、可能だからというだけで、あらゆる法案(の審議)を遅らせたり妨害したりすべきではない。優秀な公僕――(拍手)――[22]私は今、両党に対して話し掛けているのだ。優秀な公僕か否かということが、少数の上院議員の持論や怨恨によって決められてはならない[23]。
「反対派を批判することこそが政略上重要である。そこに誤謬や悪意があろうとも構わない」。議員諸君はそう考えるかもしれない[24]。だが、まさにそうした政治のせいで、いずれの党も米国民を助けることができなかったのである。しかもそれは、政府に対する更なる分裂や更なる不信の種を国民に蒔いている。
政治改革を諦める気などない。今年は選挙の年である。そして先週以降、選挙熱は明らかに例年よりも早く訪れた[25]。だが我々には、まだ政権を担う必要がある。
民主党員に言いたい。我々は今なお過去数十年間で最多の議席を保持しており、国民は我々が隠遁するのではなく、問題を解決することを期待しているのだと。そして共和党指導部が、議会で如何なる案件を処理するにも上院での60票――安定多数――が必要であると主張するならば、統治する責任は諸君にもある。単に全てに「ノー」と言うことは、短期的には有効な政略であるかもしれないが、斯様なものを指導力とは言わない。我々が議会に送り込まれたのは、己の野心にではなく国民に奉仕するためなのである。だから、米国民に示そう。我々は協力できるのだと。
私は今週、下院共和党の会議で演説する。民主・共和両党の指導部との月例会議を開始したい。諸君は待ちきれないことであろう。
我が国の歴史を通じて、安全保障ほど我が国を団結させてきた問題はない。悲しいことに、我々が9.11後に感じた団結の一部が消失してしまった。我々は、この責任が誰にあるのかについて好きなだけ論争できるが、私は過去を蒸し返す気はない。全国民がこの国を愛している。全国民が国防に尽力している。だから、無法者は誰だなどという罵倒合戦はやめよう。国民を守るのか、我々の価値観を支持するのかという、誤った選択を拒絶しよう。恐怖や分裂を排し、国家の防衛に必要なことを為し、より希望に満ちた未来を築こう――米国と世界に。
これこそ、我々が昨年始めた仕事である。私が就任した日以来、我々は自国を脅かすテロリストに、改めて焦点を合わせてきた。我々は、国家安全保障にかなりの投資をし、米国民の生命を脅かす陰謀を阻止した。我々は、クリスマスのテロ攻撃未遂事件で露呈した受け入れ難い溝を、航空路線の安全強化や諜報への迅速な行動によって埋めつつある。我々は拷問を禁止し、太平洋から南アジア、アラビア半島に至る協力関係を強化してきた。そして昨年、多数の幹部を含むアルカーイダの戦闘員や関係者数百人を拘束し、あるいは殺害した――2008年より遥かに多く。
そしてアフガニスタンには、米軍を増派すると共にアフガニスタンの治安部隊を訓練し、2011年7月以降は彼らが主導権を取り米軍が帰還できるようにする。我々は適正な統治に報い、腐敗削減に取り組み、全てのアフガニスタン人――男性も女性も――の権利を守る。我々には、自らの関与を増大させてきた同盟国や協力国があり、我々の共通の目的を再確認すべく、明日ロンドンに集まる予定である。この先、困難もあろう。だが私は、成功を確信している。
アルカイダと戦う一方、我々は責任を持ってイラクをイラク国民に委ねる。私は大統領候補時代、この戦争を終わらせると約束した。現在、私は大統領としてそれに取り組んでいる。本年8月末までに、我が国の全部隊をイラクから撤退させる予定である。我々はイラク政府を支持する――イラク政府が選挙を行う際には支援し、地域の平和と繁栄を促進するためにイラク国民と協力を続ける。だが、誤解しないで欲しい。この戦争は終結しつつあり、全軍が帰還する予定である。
今夜、我が国の軍人――イラク、アフガニスタン、世界中にいる米兵――の全員に知ってほしい。諸君は我々の敬意を、感謝を、全面支援を受けているのだと。そして、彼らが戦時に援助を要するのと同様に、我々は皆、彼らが帰還した際にも支援する責任がある。だからこそ我々は昨年、退役軍人への投資を過去数十年間で最も増加させた。だからこそ我々は、21世紀版のVA(Veterans Administration、復員軍人援護局)を創設しようとしているのである。だからこそ、ミシェルはジル・バイデンと共に、軍人家庭を支援する国家的取り組みを行ったのである。
さて、我々は2つの戦争を遂行している今でさえ、米国民に対する恐らく最も重大な危険――核兵器の脅威――に立ち向かっている。私はジョン・F・ケネディとロナルド・レーガンの構想を採用し、核兵器の拡散を防止し、核なき世界を追求する。抑止力を確保する一方で核弾頭と発射装置を削減するために、合衆国とロシアは過去20年弱で最も広範な軍縮条約の交渉を完結させつつある。そして、4月の核安全保障サミットでは、我々はここワシントンD.C.に44ヶ国を招く。「今後4年間で世界中の管理体制の甘い全ての核物質の安全を確保し、決してテロリストの手に渡らぬようにする」という明確な目標を持って。
さて、これらの外交努力は、核兵器を追求して国際協定を犯すと主張する諸国への対抗力を強化した。だからこそ、北朝鮮は現在更なる孤立とより強い制裁――強力に実施されている制裁――に直面している。だからこそ、国際社会は更に結束し、イラン・イスラム共和国は更に孤立するのである。そして、イランの指導者が己の義務を無視し続ければ、疑いなく重大な結果を招くであろう。間違いない。
これこそ、我々が発揮している指導力――全人類の共通の安全保障と繁栄とを前進させる誓約――である。我々はG20を通じて、世界の恒久的回復を支えようとしている。我々は、科学、教育、及び技術革新を促進するために、世界中のイスラーム社会と協力している。我々は気候変動に対する戦いにおいて、傍観者から指導者へと変わった。我々は開発途上国の自立を支援すると共に、HIV/AIDSに対する戦いを続けている。そして我々は、バイオテロや感染症により迅速かつ効果的に対処すべく、新たな構想――家庭における脅威に対抗したり、海外における公衆衛生を強化したりする計画――に着手している。
米国は過去60年間以上に亙ってこうした行動を取ってきたし、それは現在も変わらない。何故なら、我が国の運命が海の向こうの運命に直結しているからである。また、それこそが正しい行動だからである。これこそ、我々が今夜ここに集っている間にも、1万人以上の米国人が諸外国と共にハイチ国民の復興支援に取り組んでいる理由である[26]。これこそ、我々がアフガニスタンにおいて、学校へ行きたいと願う少女に与する理由である。イランの街路を行進する女性の人権を支持する理由である。ギニアにおいて、不当にも就職できずにいる若者を擁護する理由である。何故なら、米国は常に、自由と人間の尊厳との側に立たねばならないからである。常に。
海外における米国の力の最大の源泉とは常に、我々の理想であった。国内でも同じことが言える。憲法において保障された約束によって、我々は驚くべき多様性の中にあっても統一性を見出している。約束とは即ち、「人は皆平等に造られている」という概念であり、「諸君が誰であり、どんな姿をしていようとも、法を遵守する限りは法によって保護される」という概念であり、「我々の共通の価値観を固く守るなら、諸君は他の誰とも同列に扱われる」という概念である。
我々はこの約束を絶えず再確認せねばならない。我が政権は公民権局を設置し、人権侵害と雇用差別の断罪を再開している。我々は、憎悪に駆られた犯罪から守る法律を強化した。今年私は、愛する国家に奉仕する権利を同性愛者の米国民から奪う法律を撤廃するために、議会や軍部と協力する。それは正しい行動である。
我々は同一賃金法違反を厳しく取り締まる――これにより、女性が同一の労働に対して同一の日当を得られるようにする。そして我々は、崩壊した移民制度の修復を続けるべきである――国境を守るため、法律を施行するため、そして規範に従って行動する者全てが我が国の経済に貢献して我が国を繁栄させるために。
詰まるところ、米国を築いたのは我々の理想であり、我々の価値観――世界各地から来た移民から成る国家の樹立を可能にした価値観――である。今なお国民を動かしている価値観である。米国民は、家庭と雇用主への責任を日々果たしている。彼らは何度でも隣人に手を差し伸べ、自国に還元する。彼らは己の労働に誇りを持ち、寛大な心を持っている。これらは、彼らが依拠する共和党の価値観や民主党の価値観ではない。企業の価値観でも労働者の価値観でもない。米国の価値観なのである。
残念ながら多くの国民は、国内最大級の組織――大企業、メディア、及び政府――が今なおこうした価値観を反映しているとの信頼を失ってしまった。これらの組織は立派な人々で満ちており、我が国の繁栄に寄与する重要な仕事をしている。だが、CEOが失敗しても報酬を得たり、銀行家が私益のために国民に危険を負わせるたびに、国民の疑念は募る。ロビイストが制度を弄んだり、政治家が国家を発展させずに中傷合戦に明け暮れたりするたびに、我々は信頼を失う。テレビの評論家が真剣な議論を愚かな議論へと、大きな問題を矮小な話題へと貶めるたびに、国民は顔を背けるのである。
世間に不信感が蔓延するのも不思議ではない。失望感が蔓延するのも不思議ではない。
私は、変革――信じられる変革という公約を掲げて選挙戦に臨んだ。そして現在、多くの米国民が、自分達に変革ができるか――あるいは私がそれ(=変革)を届けることができるか――確信が持てずにいることは承知している。
だが、忘れないで欲しい――私は、変革が簡単だとか、単独でできるなどと言ったことは決してない。3億人国家の民主主義は、騒々しく、乱雑で、複雑なものである。そして、諸君が大きなことを成し、大きな変革を成そうとするとき、それは情熱と論争とを喚起する。これこそ民主主義の何たるかである。
我々のように公職にある者は、この現実に対応する際に安全策を採り、厳しい真実を指摘するのを避けることもできる。我々は、次世代にとって最も良いことを行うのではなく、支持率維持に必要なことを行って、次の選挙を乗り切ることもできる。
だが同時に、私は次のことも承知している。国民がそうした決断を50年前、100年前、あるいは200年前にしたならば、我々は今夜ここにいないであろう。我々がここにいるのは、偏に幾世代もの米国民が恐れず難事に取り組んだからである。成功が不確実な時であっても、必要なことを為したからである。子孫のため、この国の夢を持ち続けたからである。
今年、我が政権には政治的挫折が何度かあり、その一部は自業自得であった。だが、私は毎日目覚めるたびに感じている。こうした挫折など、国中の家庭が今年直面した挫折に比べれば物の数にも入らないのだと。そして、あらゆる挫折にも拘らず、私が行動し続け、戦い続けることができるのは、決意と楽観主義の精神のお陰であり、常に米国民の中核に存在していた基本的な良識が生き続けているからである。
それは、奮闘を続ける中小企業経営者の中に生き続けている。彼は私に宛てた手紙の中で、自社についてこう綴っている。「我が社には、失敗するのではと多少なりとも考えたがる者などいない」と。
それは、とある女性の中に生き続けている。彼女は、自分や隣人が不況の痛みを感じる中、こう語った。「私達は強いのです。私達は立ち直りが早いのです。私達は米国人なのです。」
それは、ルイジアナ州に住む8歳の少年の中に生き続けている。彼は自分の小遣いを私に送り、ハイチの人々に渡して欲しいと頼んだ。
そしてそれは、全てを中断して見知らぬ地に赴き、見知らぬ人々を瓦礫の中から引き上げた、あらゆる米国人の中に生き続けている。1つの命が救われた時、彼らは「U.S.A.! U.S.A.! U.S.A!」の大合唱を起こした。
2世紀以上に亙ってこの国を支えてきた精神は、諸君の中に、国民の中に生き続ける。困難な1年が終わった。困難な10年間が過ぎた。だが、新年が来た。我々の眼前には新たな10年が広がっている。我々は投げ出さない。私は投げ出さない。この好機を捉えよう――再び始め、夢を前進させ、もう一度我々の結束を固めるために。
ありがとう。神よ、諸君を祝福し給え。そして神よ、アメリカ合衆国を祝福し給え。
訳註
編集- ↑ ナンシー・ペロウシー(1940年3月26日 - )。
- ↑ ジョーゼフ・バイデン(1942年11月20日 - )。
- ↑ 南北戦争中、北軍と南軍はヴァージニア州のブル・ラン川付近にて、1861年及び1862年の2度に亙って会戦し、いずれも南軍が勝利した。
- ↑ 第二次世界大戦中の1944年、連合軍はノルマンディー上陸作戦を決行して勝利を収めた。「オマハ・ビーチ」とは連合軍が使用したコードネームで、5箇所の上陸地点のうちの1つを指す。
- ↑ 1929年10月29日の火曜日を指す。この日、ニューヨーク証券取引所は5日前の10月24日(通称「暗黒の木曜日」)に続いて暴落し、世界恐慌の到来を象徴する事件となった。
- ↑ イラク戦争とアフガニスタン紛争を指す。
- ↑ 「COBRA」とは、「総合包括予算再調整法 (Consolidated Omnibus Budget Reconciliation Act) 」のことである。1985年成立。同法により、従業員20名以上の企業に勤務していた従業員は、退職後も医療保険を一定期間継続できるようになった。ただし保険料は自己負担であるため、これを払えずに無保険に陥る者が多く現れ、社会問題化した。
- ↑ 2009年2月17日に成立した「米国再生再投資法 (American Recovery and Reinvestment Act) 」に基づき、失業者がCOBRAを活用して保険を継続する場合、政府が保険料の65%を9ヶ月間負担する制度が開始された。
- ↑ この1文は、事前の原稿にはなかった。議場からは、笑いが起こった。
今回の演説では、具体論に入ると共和党席からの拍手が止んでしまう場面がしばしばあった。「民主は総立ちの拍手、共和は沈黙 オバマ氏一般教書演説」(2010年1月28日、朝日新聞)。 - ↑ 正式名称は、「米国再生再投資法 (American Recovery and Reinvestment Act) 」。日本では、専ら「景気対策法」の名で報道された。7872億ドルを投じて減税や公共事業、雇用創出などの施策を実施する法律。2009年2月17日成立。研究開発戦略センターHP内資料。「総額72兆円、米景気対策法成立」(2009年2月18日、朝日新聞)。
- ↑ 原文は、(when) 「a worker decides it's time she became her own boss」。逐語訳をするならば、「労働者が『自分が自分自身の雇用者になるべき時だ』と決意した時」。
- ↑ 原文は「to compete」。逐語訳をするならば、「競争するために」。
- ↑ 原文は「put more Americans to work building clean energy facilities」。逐語訳をするならば、「より多くの米国民を、クリーンエネルギー施設の建設に取り組ませる」。ここでは、「国民を施設の建設作業に従事させる」というより、「施設の建設を推進するよう世論を喚起する」ことを意味する。
- ↑ ペル奨学金 (Pell Grant) は、低所得者層向けの給付型奨学金。連邦政府が運営。
- ↑ 原文は「who are just one illness away from financial ruin」。逐語訳をするならば、「破産から1つの病気しか離れていない人々」。
- ↑ 原文は「in which we find ourselves」。逐語訳をするならば、「我々がその(=穴の)中に自らを見出す」。
- ↑ 原文は「At the beginning of the last decade」。逐語訳をするならば、「過去10年間の初頭」。
- ↑ 原文は「programs that we can't afford and don't work」。逐語訳をするならば、「我々が負担できず、機能もしない計画」。
- ↑ 原文は「deep and corrosive doubts」。逐語訳をするならば、「深く、腐食性のある疑念」。
- ↑ 原文は「both ends of Pennsylvania Avenue」。逐語訳をするならば、「ペンシルヴェニア通りの両端」。
ペンシルヴェニア通りは、米国議会議事堂とホワイト・ハウスとを結ぶ街路。 - ↑ 原文は「It's time to require lobbyists to disclose each contact they make on behalf of a client with my administration or with Congress」。逐語訳をするならば、「我が政権内や議会内の顧客を利するために行う、それぞれの接触を明らかにするよう、ロビイストに要求する時である」。
- ↑ 原文は「The confirmation of -- (~の確認)」。言い終わる前に拍手で途切れた、文の一部である。オバマ大統領はこの後、文頭から言い直した。「確認」から始まる訳文を作るのは困難であるため、訳を改変した。
- ↑ 原文は、「The confirmation of well-qualified public servants shouldn't be held hostage to the pet projects or grudges of a few individual senators」。逐語訳をするならば、「質の高い公僕の確認が、少数の特定の上院議員の持論や怨恨の人質に取られるべきではない」。
- ↑ 原文は、「Washington may think that saying anything about the other side, no matter how false, no matter how malicious, is just part of the game」。逐語訳をするならば、「如何に誤っていようとも、如何に悪意があろうとも反対派に関して何でも言うことが、単に駆け引きの一部であると、ワシントンは考えるかもしれない」。
- ↑ 2009年8月25日、オバマの後ろ盾であったエドワード・ケネディ上院議員(マサチューセッツ州選出)が死去した(2009年8月27日、ウォールストリート・ジャーナル電子版)。2010年1月19日に行われた補欠選挙の結果、共和党のスコット・ブラウンが当選した。これにより、民主党は上院において、共和党の議事妨害(フィリバスター)を阻止できる安定多数の60議席を割り込んだ。
- ↑ 2010年1月12日(ハイチ時間)、ハイチの首都ポルトープランスの南西約15km地点で地震が発生した。オバマ大統領は「揺るぎない支援」をハイチに与えると表明し(「オバマ米大統領、大地震が発生したハイチへの「揺るぎない」支援を表明」(2010年1月14日、朝日新聞))、1万人を超える軍人を派遣した。「ハイチに米軍1万人展開 治安維持にも積極関与」(2010年1月19日、朝日新聞)。
底本
編集- Remarks by the President in State of the Union Address
- オバマ米大統領の一般教書演説(原文/全文)(2010年1月28日、ウォールストリート・ジャーナル)
外部リンク
編集- (1/27)オバマ米大統領の一般教書演説(日本経済新聞。ただし全訳ではない)
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