<< 節制の事 >>
節制を守る者は真に福なり、三倍して福なり、いかにとなれば節制は実に大なる徳行なればなり。さりながらきくべし、節制は何まで及ぶべきか、何によりて重んぜらるるか、何を要求せらるるか。
それ舌に節制あり、多くいはず、むなしきをいはず、舌を制して、悪言せしめず、言にて侮辱せず、呪はず、用なきに空言をなさず、舌を制して彼此をそしらず、兄弟を議せず、秘密をあばかず、我らにあづからざる事に関係せざる是なり。又耳にも節制あり、耳を制して、むなしき風説に驚かされざる是なり。目の為にも節制あり、視覚を制して全く愉快なるも適当ならざるものには眼をそそがず、否心を留めて見ざる是なり。憤激に節制あり、怒りを制して、俄に立腹せざる是なり。栄誉の為に節制あり、己が心神を制して、讃美を願はず、栄誉を求めず、自ら高ぶらず、尊敬を求めず、誇らず、名誉を妄想せざる是なり。思念に節制あり、神をおそるるの心を以て思念に勝ち、人を誘ひ煽動するの思念にかたむかず、これを以て自ら喜ばざる是なり。食に節制あり、自ら己を制して、盛にまうけたる食物若くは高価なる食をさがし求めず、すべて適時に食ひ、或は一定の時間の外甘を嗜むの心に任せず、食の美を渇望せず、或は此或いは彼と食物を願はざる是なり。飲に節制あり、自ら己を制して、酒宴におもむかず、葡萄酒の快味を喜ばず、必要なくして葡萄酒を飲まず、種々の飲料をさがし求めず、快楽をあさらざる是なり。又巧みにあはせたる混合物をのまず、ただに葡萄酒のみならず、能ふべくんば水さへも度無しに用ひざる是なり。欲望とよこしまなる奢侈に節制あり、感覚を制して、偶然に起りたる欲望をあまやかさず、肉慾をすすめ入るる思念にしたがはず、後来そねみの心を起さしむべきものを楽まず、肉身の望みをとげしめず、神をおそるるの心を以て情慾をとどむる是なり。けだし夫の不朽なる福祉を願ひ、智識を以てこれに向ひすすみて、肉に属する願望を避け、淫慾をきらふこと陰処に埋もるるものの如くする者は是れ真に節制するなり、彼は婦人の容顔を見るを愛さざるべく、外形の為に心を奪はれざるべく、美貌の為に迷はされざるべく、嗅官の為に愉快なるものをたのしまざるべく、諛言の為にとらへられざるべく、婦人、特に慎みなき婦人とは共に居らざるべく、女と会談を長うせざるべし、真に剛毅に且節制にして夫の限りなき安息の為に己を守る者はすべての思念を節制すべく、すべての欲望は更にこれに勝るものを願ふと未来を畏るるの心とを以て制伏せんとす。