<< 主イイスス ハリストスを信ずる事。 >>
およそ我等が主救世主の事をしるせるものは、信仰なくんば、誰も悟ることあたはざるべし。されば我にきかんと欲せば穿鑿をなさずして、信ぜよ。至愛者よ、神父が汝の為に独生の子をつかはし給ひしを汝はきけり、さらばうたがはずして信ぜよ、いかんとなれば聖なる神は謊らざればなり。また独生者が聖なる処女の胎に肉身をとり、聖神によりて彼より生れたまひしことも汝はきけり、さらば信仰の目を以て実に明にこれを見て、汝等毎日聖なる福音経に於て聴くが如く此の事の実際にありしを己の心に固く信ぜよ。まつたき信仰と中心の目とを以ていづれの処いづれの時にも主を望み見るべく、中心より願ふて、それよりそれと主にしたがひてうつるべし、願はくは主宰が恩寵を以てもろもろの病をいやし、力と権とを以て魔を逐ふを見て汝の霊のよろこばんことを、起ちて彼と共にカナの婚姻にゆきて、彼の祝福の酒をのむべし、一歩すすみて主宰のおごそかなるを観、目をはなたずして、その聖容とその美麗とを観よ、又彼に先導し、野にゆきて、彼の聖なる手に至上の権の増加はる勇毅の大なるを見よ、ハリストスいづこにゆかるるとも汝は愛を以て彼と共にゆけ。もし彼にしたがひ、彼とともにゆかば、悪は汝にふれざるべく、悪者は汝に近づかざらん。彼に従ひてその晩餐にいたれ、晩餐に於て彼はその門徒に聖なる機密をさづけたまへり。いかんして彼はその門徒の足をあらひ給ふか、汝霊智を以てこれを見て、おどろき且おそれ、自から己の心にかんがへ、きよき信仰の目を以て熟視し、みづから己の心に於ていふべし、『仁慈によりて人を塵よりつくりたまひし神造物主は自からその造物の足を洗ひ給ふ』と。これを熟視せよ、且讃栄して彼の仁恩に伏拝せよ。餅を祝し、これを裂きて、その至浄の体にかたどり、盃を祝し、血に像りて、その門徒にあたへたまふを更によく注意して見て、彼の機密にあづかる者となれ。さて彼処より出て、主宰と共に無法なるカイアファの院に入り、主が汝のために忍耐したまへる罵詈を見んが為に恐れずして待つべし、さらばまつたく主宰の友とならん。又彼に従ひて十字架の場所にも至り、役事者の如くその前に立ちて、汝の霊を贖はんがために彼の脇より血と水とながれいでしを見よ。彼を葬る場所を注意して見よ、朝早く起きて婦と共に彼の墓にいたれ、かしこに立つ所の天の使を見よ、天の使の婦につぐる言をきけ、曰く汝等に『いひし如く主は復活れり』と〔馬太二十八の六〕いふをきけ。此のすべてを見て、聡明に且完全に疑ひなく信ずる者となるべし。何故なればすべては寔にかくの如く成りたればなり。けだし汝は此のすべてを信仰の目を以て明に看破すなくんば、地より高く天に昇り、ハリストスのくるしみを神にて見るあたはざるなり。
信仰の目の人の心にかがやくこと光の如くなるときは、人は明に且きよく神の羔を看破さん、彼はわれらの為に屠られ、聖にして最きよき体を我等に賜ふて不断にこれをうけしめ、これによりてわれらに罪の赦しを得しむるなり。此の信仰の目ある者は明に且きよく主宰を看破すなり、さらば神を信ずるに少しも好奇心におちいるなく、まつたき信仰の勧めによりて瑕なき羔、天の父の独生子の体をくらはん、けだし神を信ずるの信念は我等の中にはたらき、未来を洞観するものなるがゆえ、彼は常に信仰と名づけらるべく、好奇心にはあらざればなり。至愛者よ、汝は独生の子イイスス ハリストスが汝の為に肉身を以て地に生れたまひしを信ずるか、さらばいかんして又好奇心に陥るか。もし好んで穿鑿するならば、汝を信者とは名づくべからず、好奇者となづくるこそ当然なれ。正直にして忠実なる者となれ、主宰の最きよき体を全き信仰を以てうけ、真の羔を実に食ふと充分に確信すべし。ハリストスの機密は死せざる火なり。故に好奇者となるなかれ、汝機密をうくるによりてやかれざらんが為なり。太祖アウラアムは天の使たちの為に地の食をそなへしに、彼らこれをくらへり。無形体なる者が肉体の食にそなへたるものを地に於て食ふを見るは、これぞ実に大奇蹟なる。さりながら独生の子イイスス ハリストス我等の救主が我等のために行ひたまひしものは、すべてもろもろの智慧と言とよりも遙に超ゆるなり。彼は我等肉に属する者に食と飲との為に火と霊とをあたへたり、即その体とその血とをあたへたまえり。