でうすの御掟十のまだめんとすの事

でうすの御掟十のまだめんとすの事


弟子◦右には◦はやよく達して◦でうす へ物をこひ奉り◦信じ奉る爲に肝要なる儀をあらはし給ひし也。今また◦善を勉むる道を敎へ給へ

師匠◦保つ爲に◦でうす のおきてのまだめんと◦さんた◦ゑけれじやのまだめんとを知り◦同じくしりぞくべき爲には◦もるたるとがを知る事もつぱら也

弟◦でうす のおんおきてのまだめんとすとは何事ぞや

師◦萬民ばんみんこれを保つべき爲に◦おんあるじ でうす よりぢきの授け給ふおきて條々なれば也。まだめんととはおんおきての事也

弟◦おきてのまだめんととは何箇條ありや

師◦十箇條あり。是卽ち二ツに分る也。始めの三箇條は御主 でうす に對し奉りて勉むべき道を敎へ◦今七箇條は人に對しての道を敎ゆる者也

おきてのまだめんとす
第一◦一體の でうす をうやまたつとみ奉るべし
第二◦でうす の尊き御名にかけて◦虛しきちかひすべからず
第三◦しゆくにちを勤め守るべし
第四◦父母ぶもに孝行すべし
第五◦人を殺すべからず、
第六◦邪淫を犯すべからず
第七◦偸盜すべからず
第八◦人に讒言を懸くべからず
第九◦の妻をこひすべからず
第十◦もつみだりに望むべからず

右この十箇條は凡て二箇條にきはまる也。一ツには御一體の でうす を◦萬事に超へて大切に存じ奉るべき事。二ツには我身の如くぷろしもを思へといふ事これ也


弟◦第一のまだめんとをば何とやうに勤むべきや

師◦まことの でうす 御一體をおがみ奉り◦御奉公をぬきんで◦我等が合力かうりよくと◦御返報をたのしく待奉り◦我等が吉事の源にておはしませば◦是等の事を賴み奉るべし。又御作の物を でうす の如く敬はざるを以て◦このまだめんとを奉るべし。又御作の物を でうす の如く敬はざるを以て◦このまだめんとを保つ者也

弟◦びるせん◦さんた◦まりや◦又そのほかのべやと達をば何と樣に拜み奉るべきや

師◦でうす の如くには拜し奉らず◦たゞ でうす のがらさを以てげんにて善行ぜんぎやうを勤め給ひ◦どくなる御所作を爲されたる御人おんひとなれば◦今 でうす の御內證に叶ひ給ふに依て我等が御取なしてと用ひ◦をがみ奉るべし

弟◦第二のまだめんとをば何と守るべきや

師◦まことの善の爲と◦入るべき時より外は誓ひをする事なきを以て◦このまだめんとを守る也

ママ◦まことにちかひをするとは何事ぞや

師◦僞りと知りながら◦誓文せいもんをする事◦又はまこといつはりかと疑はしき事に誓ひをする事は◦でうす を虛言きよげん證據しようこに立て申すに依て◦たとひかろき題目なりといふとも◦もるたるとがとなる也

弟◦善の爲に誓文するとは何事ぞや

師◦たとひまことなる事に誓文をするといふことも◦よき事にあらずんば◦その題目に依てもるたるとがか◦べにやるとがかになる者也。たとへばもるたるとがを犯さんとのちかひならば◦もるたる科となり◦べにやる科を犯さんとのちかひをなさば◦べにやるとなる者也

弟◦いるべき時とは何事ぞや

師◦たとひ眞實よき事に誓文するといふとも◦入らざる時にちかひをなす事によりて◦もるたるとがにはあらずといふとも◦べにやるとがをもるゝ事あるべからず

弟◦でうす より外にべちのものにかけて誓文をする事ありや

師◦中々あり。譬へばくるす◦べやと達か◦又は尊き事に懸けてか我命にか◦そのほかいづれの御作の物にかけても誓をする事あり

弟◦空誓文そらせいもんをすまじき爲の便りとなる事ありや

師◦常に誓文せざる樣にたしなむ事也

弟◦然らば物のじつをことはる爲にはいかゞ言ふべきや

師◦或は眞實◦又は疑ひなし◦必定なりといふ言葉を以て徹すべし

弟◦第三のまだめんとをばなにと守るべきや

師◦これを守るに二ツの事あり。一ツにはどみんごと◦ゑけれじやより觸れ給ふ祝日いはひびに◦諸職しよしよくをやむる事也。但し免れぬ仔細ある時は◦所作をしてもとがにならざる事也。二ツには加樣の日は◦一座のみいさを◦始めより終りまで拜み申す事也。是も煩ひか◦尤もなる仔細ある時は◦拜まずしてもとがにはあらず。これらの仔細は◦以後ゑけれじやの五ツのまだめんとのうちに顯すべければ◦それをよくみるべし

弟◦第四のまだめんとをば何と守るべきや

師◦親によく從ひ◦孝行をいたし◦敬ひを爲し◦要ある時は力をそゆる事◦又にんたる者は其身の主人◦其外司たる人々に從ふに◦ゆるかせなきを以て◦このまだめんとを守る也

弟◦父母ぶも主人◦司たる人より◦科となる事をせよと云付られん時も從ふべきや

師◦親◦主人◦司たる人によく從へといふ事は◦とがにならざる事を言はれん時の事也。でうす の掟を背き奉れと言はれん時の事にはあらず

弟◦第五のまだめんとをば何と守るべきや

師◦人に對してあたをなさず◦害せず◦傷をつけず◦是等の惡事を人の上に望まず◦喜ばざるを以て保つ者也。所以者何人は皆 でうす のおんうつしに作り給へば也

弟◦人にあたを爲し◦折檻し◦又は害すること叶はずといましめ給ふにをひては◦國家を治むる道は如何あるべきや

師◦この掟の箇條を以て◦すぐなる題目ありとても◦弓矢を取るべからず◦又は撿斷けんだんの人より科人を折檻し◦成敗する事勿れとのいましめには非ず◦却つて罪人を折檻し◦成敗する事なくんば◦そのとが撿斷にかゝるべきもの也。たゞこの箇條は◦その役に當らずして無理に人を殺し◦あたを爲すべからずとの儀也

弟◦主人として被官を成敗する事叶ふまじきや

師◦わが進退する者共の犯したるとがを◦輕重きやうぢうに從ひ◦似合の折檻を加ゆる事叶ふといへども◦殺す事は◦最も深き題目あらん時◦確かに糺明して人を殺す程の確かなる許しを持たる人なるにをひては◦苦しからざる儀也

弟◦最も深き題目と◦同じく人を殺すほどの確かなる許しとは何事ぞや

師◦深き題目とは◦萬づの折檻の中に人の命を果す事は◦一大事の折檻なれば◦深き誤りなくして殺すこと◦最も非道なる事也。又人を殺す程の確かなる許しと言ふは◦誰にもあれ人を殺す事は◦道理にはづれ◦國家の爲にならず◦只上より確かなる許しある人にのみ當る儀也

弟◦人の上に惡事を望まざれとは如何なる事ぞ

師◦人に對して遺恨を含み◦惡を爲したく思ひ◦或ひは仲をたがひ◦言葉をかわさぬ事は◦このまだめんとを背く儀也

弟◦第六のまだめんとを何と保つべきぞ

師◦言葉所作を以て◦男女なんによともに淫亂のとがを犯すべからず◦又は自ら犯す事も同じ科也

弟◦何とて言葉所作を以てとは宣ふぞ。心に之を望む事も◦同じき科となるべきや

師◦心中しんぢうに望む事もとがなれども◦それは第九のまだめんとを破るべちの科也

弟◦このまだめんとを保つ爲の便りとなること如何に

師◦おんあるじ でうす より◦夫婦のおんさだめを第一になし給ひ◦其外あまたの事の中に◦食物◦飮物をあくまでにせざる事◦あしき友と交りを止むる事◦こひの歌◦戀の草紙を讀まず◦戀の謠をうたはず◦叶ふにをひては聞かざる事也。なほ肝要なる事と云は◦このまだめんとを保つべき爲に◦御主 でうす へ御力を賴み奉り◦又はとがに落る賴りとなる事を斥くべき事

弟◦第七のまだめんとをば何と保つべきや

師◦他人の財寶を◦何なりともそのぬしの同心なくしてとる事も◦とゞめおく事もあるべからず。人にもこれらの事をすゝめず◦その合力かうりよくをもせず◦その賴りともなるべからず

弟◦人の物を盜みたく思ふ事は◦このまだめんとを破る科に非ずや

師◦とがなれども◦それは第じつ箇條目のまだめんとを背くべちの科也

弟◦第八のまだめんとをば何と保つべきや

師◦人に讒言を言掛けず◦そしらず◦人の隱れたるとがを顯すべからず。然りといへどもその人の科を引返さすべき心宛にて◦司たる人に吿知らせ申す事は叶ふ也。人の上に邪推せず◦虛言きよごんは云ふべからず

弟◦第九のまだめんとをば何と分別いたすべきぞ

師◦他人の妻をこひせず◦其外れんに當る事を望む可らず。淫亂の妄念にくみせず◦又はそれに喜び◦執着する事もあるべからず

弟◦淫亂の念のおこる度每にとがとなるや

師◦其儀に非ず◦その念を喜ばず◦それをすつる時は却つてりきとなる者也。もし又その念に同心せずといふとも◦心に止め喜ぶ時はとがとなる也

弟◦第十のまだめんとをば何と心得べきぞ

師◦他人の財寶をみだりに望むべからず

弟◦今この十箇條のまだめんとは◦二ツにきはまるといへる事を示し給へ。その二ツとは如何なる事ぞ

師◦萬事に超へて でうす を御大切に思奉る事◦我身を思ふ如く◦ぷろしもとなる人を大切に思ふ事これ也

弟◦萬事に超へて でうす をば、何と樣に御大切に思ひ奉るべきや

師◦財寶◦譽れ◦父母◦身命これらの事に對して◦でうす の掟を背き奉らずして◦たゞ一遍いつぺんに御大切に思奉るにきはまる也

弟◦でうす の御掟を守る爲の賴りはいづれぞや

師◦その賴りは大き也。取分とりわきねやを起上りてよりは◦でうす の恩を存じいだし◦御禮を申上奉るべし。又其の日掟を背かずして御內證ないしように從ひ◦身を修むる爲に御守りを賴り奉り◦おらしよを申奉るべし

弟◦ねさまにも怠らずその分勤むる爲には何事をすべきや

師◦まづねさまに其日の心と◦言葉と◦所作の糺明をし◦後悔を以て犯せるとがの御許しをこひ奉り◦同じくがらさを以て進退しんだいを改めんと思定め◦似合のおらしよ申上べき事也

弟◦ぷろしもとなる人をば◦我身の如くには何と樣に思ふべきや

師◦でうす の掟に從つて◦我身の爲に望む程の好き事を人に對しても望むべき者也

弟◦でうすの御掟に從つてとは如何なる事ぞ

師◦こゝに仔細あり。でうす の御掟に背きて◦人の爲に何事なりとも望む時んば◦たとひ我身の爲に望むまじき事なりと云とも◦我身の如くに人を思ふには非ず◦たゞ我身を憎む如くに人を憎む事也


脚注

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巻末附録「第三 欧語抄」より

○ゑけれじや〔さんた〕 Ecclesia 教会
○おらしよ Oratio 祈念、経
○がらさ graça 聖寵
○くるす Cruz 十字架
○でうす Deus 「真の主」「天主」「天帝」
○どみんごす Domingos 日曜日
○びるぜん Virgem 童貞
○ぷろしも Proximo 隣人
○べやと Beato 福者
○まだめんと Mandamento 「御掟」 誡
○まりや〔さんた〕 Maria, S. 聖母
○みいさ Missa 「ヽヽヽとは御主ぜすゝきりしとの御色身と御血と、ともにさきりひいしよとて、捧物として、でうすぱあてれに活きたる人死したる人の為に捧げ奉る也」弥撒みさ
○もるたる〔科〕 Mortal 「もるたるとは命をたつといふ意也」(どちりな)
〈投稿者註:モルタル科(大罪)に対してベニアル科(べにやる科)は小罪の意〉
この文書は翻訳文であり、原文から独立した著作物としての地位を有します。翻訳文のためのライセンスは、この版のみに適用されます。
原文:
 

この作品は1929年1月1日より前に発行され、かつ著作者の没後(団体著作物にあっては公表後又は創作後)100年以上経過しているため、全ての国や地域でパブリックドメインの状態にあります。

 
翻訳文:
 

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