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の響きと慘呼の心に震ふを聞き首を回して牆畔を看れば則ち伯兄獲へられて正さに一卒と相持してゐたのであつたが、兄は力めて大いにはらふて脫するを得た。卒遂にせ去つた。此卒は卽ち前日吾が婦を劫かして復た捨てた者であつた。彼は凡そ半晌はんときばかり至ら莫つたのであつたが予が心は搖々たりであつた。伯兄忽ち走り來つた、赤身被髮卒の爲に逼られ已むことを得ずして予に向ひ金を索めて命を救はむとした。予は僅にその一錠を存するのみであつたが、出して以て卒に献じた。而も卒の怒ること甚しく、刀を擧げて兄を擊ちしかば、兄は地上に輾轉して流血滿身であつた。時に彭兒卒をとらへ、涕泣して免さんことを求めた。〈時に年五歲〉卒兒が衣を以て刀の血を拭ひ、再び擊ちて兄は將に死せむとした。旋いで予が髮を拉して金を索め、刀背もて亂打して已まなかつた。予は金の盡きたるを訴へて曰く、必しも金を欲せば卽ち甘じて死せむのみ、他物ならば可なりと。卒予が髪を牽きて洪が宅に至つた。予が婦の衣物の兩かめの中に置きたるを階下に倒し覆へし、盡く發いてその取るに供した。凡そ金珠の類は要めざる