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身に完膚が無かつた。忽ち又た烈火四もに起つた。何家墳の前後には草葺の家が多いので立刻たちどころに灰燼と化した。然もその寸壤の𨻶地があつて一二隱れて網を漏れたものは火の爲めに一たび逼まられ、奔竄して自ら出でざるは莫く、出づれば則ち害せられて百に一も免るる者が莫つた。然も亦戶を閉ぢて焚死せる者が數口から百口に至り、一室の中正に積骨の多少を辨じない程であつた。大約此際避くべきの所がなく、亦避くることが出來ず、縱令ひ避くとも敵一たび之を犯さば金なければ死し、金ある者も亦死するのであつた。惟だ路傍に露出して屍骸と雜處せば、生死反つて未だ知る可からずである。〈生くるの望あるの意〉予は婦並に子と塚後に往きて臥してゐたが、銘々首にはどろぬり足にはつちぬりて、殆んど人の形ち無きに至つた。時に火勢愈熾んにして、墓地の喬木を燒き、光り電灼いなづまの如く、聲山崩の如く、風勢怒號、赤日慘澹として之が爲に光り無く、目前に無數の夜叉鬼が千百の地獄の人を驅り殺すを見るが如く、驚悸の餘り時々昏瞶うととなつた。蓋し旣に此身の已に人世の間に在るを知らざるの有樣であつた。驟かに足聲