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ことを得んと欲し、よつて梁に附きて徐ろに下り、足をはやめて前街に至れば、街中には人の首級相枕藉し、而も天暝くしてその誰たるを辨ずることなく、かばねに俯して遍く呼べど應ずる者が更に無いのであつた。遙に南首〈南面〉を見れば數多の炬火蜂擁して來つたので、予は急に之を避け、郭〈城郭〉ふて走れば、積屍步をさまたげ數ばつまづきて數ば起ちつつ、驚く所ある每に卽ち地にふし僵尸のたれじにの如くにして、稍〻久うして小路に達するを得た。路人昏夜に互に相觸れて相驚駭した。大街上火を擧げ〈出火のこと〉照耀宛がら白日の如くで酉の刻から亥の刻に亘りて方さに兄の家に及んだ。而も家門閉ぢたれば敢て遽かに擊叩たたかず、俄に婦人の聲せるを聞くに、吾が嫂たることを知つたので、始めて輕く擊ちしに門に應ずるものは予が婦であつた。大兄は旣に先ちて返つてゐて、吾が婦と子とは俱に在つた。予は伯兄と與に哭泣したのであつたが、然も猶ほ未だ仲兄と季弟の殺されたることを吿げなかつた。嫂は之を予に詢ひしも予は依違ぐづして曖昧の返事のみしてゐた。予は婦に何を以て免れしやと詢ひしに婦の曰く、卒の追逐せるに當りて子