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「高えもんかい、ねえ沼倉さん」

「うん、内藤の方がよつぽどズルイや。売りたくないツて云つてるのに、無理に買はうとしやがつて、値切る奴があるもんか。買ふなら値切らずに買つてやれよ」

その声が聞えると、貝島は立ち停つて子供等の方を振り向いた。

「おい、お前たちは何をして居るんだね」

子供たちは一斉にばらと逃げようとしたが、貝島があまり側に立つて居るので、逃げる訳にも行かなかつた。「もう見付かつたら仕方がない。叱られたつて構ふもんか」―――さう云ふ覚悟が、沼倉の顔にはつきりと浮かんだ。

「どうだね、沼倉。一つ先生も仲間へ入れてくれないかね。お前たちの市場ではどんな物を売つて居るんだい。先生もお札を分けて貰つて一緒に遊ばうぢやないか」

かう云つた時の貝島の表情を覗き込むと、口もとではニヤニヤと笑つて居ながら、眼は気味悪く血走つて居た。子供たちは此れ迄に、こんな顔つきをした貝島先生を見た事がなかつた。

「さあ、一緒に遊ばうぢやないか。お前たちは何も遠慮するには及ばないよ。先生は今日から、此処に居る沼倉さんの家来になるんだ。みんなと同じやうに沼倉さんの手下になつたんだ。ね、だからもう遠慮しないだつていゝさ」

沼倉はぎよつとして二三歩後へタヂタヂと下つたけれど、直ぐに思ひ返して貝島の前へ進み出た。さうして、いかにも部下の少年に対するやうな、傲然たる餓鬼大将の威厳を保ちつゝ、

「先生、ほんたうですか。それぢや先生にも財産を分けて上げませう。 ―――さあ百万円」

かう云つて、財布からそれだけの札を出して貝島の手に渡した。

「やあ面白いな。先生も仲間へ這入るんだとさ」

一人が斯う云ふと、二三人の子供が手を叩いて愉快がつた。

「先生、先生は何がお入用ですか。欲しい物は何でもお売り申します」

「エエ煙草にマツチにビール、正宗、サイダア、………」

一人が停車場の売り子の真似をして斯う叫んだ。

「先生か、先生はミルクが一と罐欲しいんだが、お前たちの市場で売つて居るかな」

「ミルクですか、ミルクなら僕ん所の店にあるから、明日市場へ持つて来て上げませう。先生だから一と罐千円に負けて置かあ!」

かう云つたのは、洋酒店の忰の内藤であつた。

「うん、よし、千円なら安いもんだ。それぢや明日又此処へ遊びに来るから、きつとミルクを忘れずにな」

しめた、と、貝島は腹の中で云つた。子供を欺してミルクを買ふなんて、己はなかウマイもんだ。己はやつぱり児童を扱ふのに老練なところがある。………

公園の帰り路に、K町の内藤洋酒店の前を通りかゝつた貝島は、いきなりつか店へ這入つて行つてミルクを買つた。

「えゝと、代価はたしか千円でしたな。それぢや此処へ置きますから」

と、袂からさつきの札を出したとたんに、彼は苦しい夢から覚めた如くはつと眼をしばだゝいて、見る顔を真赤にした。

「あツ、大変だ、己は気が違つたんだ。でもまあ早く気が付いて好かつたが、飛んでもないことを云つち