「いゝえね、もう半月も前から私は何だか啓太郎の素振りが変だと思つて居たんだが、ほんたうにお前、飛んでもない人間になつたもんぢやないか」
老母も同じやうに眼の縁を湿らせながら、貝島の顔を見ると喉を詰まらせて云つた。
だん〳〵問ひ
「盗んだのでない者が、どうしてお金なんぞ持つて居るのだ。さあ其れを云へ! 云はないかツたら!」
祖母は斯う云つて、激昂の余り病み疲れた身を忘れて、今しも啓太郎を折檻しようとして居るのであつた。
貝島は、話を聞いて居るうちに、体中がぞうツとして水を浴びたやうな心地になつた。
「啓太郎や、お前はなぜ正直にほんたうの事を云はない? 盗んだのなら盗んだのだと、真直ぐに白状しなさい………お父さんは、お前にも余所の子供と同じやうに好きな物を買つてやりたいのだが、此の通り内には多勢の病人があるのだから、なか〳〵お前の事までも面倒を見て居る暇がない。其処はお前も辛いだらうけれど我慢をしてくれなければ困る。お父さんはお前がよもや、人の物を盗むやうな悪い子だとは思ひたくないのだが、人間には出来心と云ふ事もあるから、もと〳〵そんな料簡ではないにしろ、何かの弾みでさもしい根性を起さないとも限らない。若しさうだつたら今度一遍だけは堪忍して上げるから、正直なことを云ひなさい。さうして此れから、二度と再びさう云ふ真似はいたしませんと、よくおばあさんにお詫びをしなさい。よう啓太郎! なぜ黙つて居る?」
「………だつてお父さん、………だつて僕は、………人のお金なんか盗んだんぢやないんだつてば、………」
すると啓太郎は、かう云つて又しく〳〵と泣き始めた。
「お前はしかし、此の間の色鉛筆だの、お菓子だの、その扇子だのをみんな買つたんだつて云ふぢやないか。其のお金は一体何処から出たのだ。それを云はなければ分らないぢやないか。さういつ迄もお父さんは優しくしては居られないよ。強情を張ると、しまひには痛い目を見なければならないよ。いゝかね啓太郎!」
その時俄かに、啓太郎は声を挙げてわあツと泣き出した。何だか頻りに口を動かしてしやべつて居るやうだけれど、あまり泣きやうが激しい為めに暫く貝島には聴き取れなかつたが、結局、
「………お金と云つたつてほんたうのお金ぢやアないんだよう。にせのお
と泣きながらも極まりの悪さうな口調で、幾度も〳〵繰り返しては、言ひ訳をして居るのであつた。見る