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橋の下より鹽さしぬれハ、はるとィ遠き山のおくまて湖水となり、鹽引ぬれハ、水鳥も陸にまとィふにこそ、水陸の景色(氣ィ)もあした夕にかはり、金岡も筆に及はさりしと也、來て見る今ハ冬枯の、野島か崎とをしふるハ、秋の千草(種ィ)の色もなし、水むすひつゝすゝみとか、おりにふれてや名付けん、名ハ夏島になつもなし、島根に海士の小屋みえて、網をほしたる夕ヅク日、漁村のてらし是なりやィ、そめてかはかぬ筆の跡、硯の海のうるひかや、雨に來てまし笠島ハ、人の國なる瀟湘の、夜のこゝろもしられけり、目路遠けれと富士の根を、心によせてまたふらぬ、江天の雪と打なかむ、浪たちかへる市の聲、風まち出る沖つ舟、烟寺の鐘もひゝき來ぬ、洞庭とても餘所ならず、月の秋こそしのはるれ、水の底なる影を見て、臂をやのぶる猿島ハ、身のをろかなるなけき(木ィ)より、おとしてけりな烏帽子島、蜑の子供のかり殘す、冲のかィぢめか鎚の音、あら磯浪に釘(針ィ)うたせ、朝夕しほやさしぬらん、箱崎なりとをしふるハ、松さへしけりあひにあふ、しるしの箱をおさめつゝ、西を守と聞つるに、東の海の底ふかき、神の心ぞたうとかりける、

や幾浦かけて大和歌いかに詠めけィん三十一文字

かくて爰に日をくらしなんもいかならんとて、山を下り里に入ぬれば、朔日頃の山の端に、纎月かすかにして、鐘のひゝき海岸の底にこたへ、岡のやかたハ浪にうつり、龍の都に入ぬるやと覺つかなし、海士のいさりをたよィりに宿とひて、一夜をあかし、まづ寺に詣けるに、本堂一宇あり、諸堂みな跡はかり也、五重の塔も一重殘りぬ、此金澤山稱名寺は、いつの年にか龜山