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我國の爲にも吾人の最も希望する事なるが、唯玆に吾人の遺憾に思ふは我國民がとかく英米人の言說に吞まるゝ傾ありて彼等の言ふ民主主義人道主義の如きをも其儘割引もせず吟味もせず信仰謳歌する事是なり。勿論吾人は英米政治家の云爲を全部誠意なきものとなすに非ず。ウヰルソンの如き、ロイド・ジヨージの如きは、眞摯熱誠なる人道の愛護者なるを認むるに躊躇せずと雖も、世には善良なる人にして自ら意識せずに虛僞をなす事あり。動機に於て純なるも結果より見て不純なりしを暴露する事往々にしてこれあり。況んや蠢々たる他の群小政治家評論家、新聞記者の言動に於てをや。

 曾てバーナード・シヨウは其の「運命ママ人」の中に於てナポレオンの口を藉りて英國精神を批評せしめて曰く「英國人は自己の欲望を表すに當り道德的宗敎的感情を以てする事に妙を得たり。しかも自己の野心を神聖化して發表したる上は、何處迄も其目的を貫徹するの決斷力を有す。强盜掠奪を敢てしながらいかなる場合にも道德的口實を失はず、自由と獨立を宣傳しながら殖民地の名の下に天下の半を割いて其の利益を壟斷しつゝあり」と。シヨウの言ふ所稍々奇矯に過ぐと雖、英國殖民史を讀む者は此言の少くも半面の眞理を穿てるものなることを首肯す