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『やあ、いゝとこだ。話があるんだ、その邊で――』
木村も、急󠄁いで來たと見え、息を彈ませてゐた。
『うん、けど一寸部屋に用があるんだ、社の應接ぢやまづいかい』
『でもいゝが……人に聞かれると困るんだ』
『大丈夫さ、一時過󠄁ぎまで誰もゐない』
『さうか、そんならかへつていゝ』
木村を應接に待たせて部屋に這入ると、美知子はさつきのまゝの姿󠄁で、椅子に埋れてゐた。
『美知子さん、藥――』
『まあ、ありがと』
『おや?』
(美知子は泣いてゐたのであらうか)
藥を受取ると、顏を外向けたまゝ洗面所󠄁の方に行つてしまつたが、その横顏には見なれぬ固い線が浮󠄁んでゐた。
『ところで——』
河上の顏を見ると、木村は待ちうけてゐて話しだした。
『ところで君、遂󠄂にあのレコードの謎を解いたよ』
『謎、を――』
『さうさ、容易ならん「謎」だ。どうも臭いとは思つてゐたんだが、こんな大ものとは思はなかつた。』
『一體なんだい?』
『何つて君あれは蔭にスパイがあるぞ、スパイの命令書だ』
『え――』
『驚いたらう、實に巧妙に出來てゐるんだ、僕も解讀した途󠄁端に愕然としたからね……、とに角あれは暗󠄁號レコードなんだぜ』
『然しあんな寢言からよく判󠄃つたね、さうか逆に廻すのか?』
『違ふ違ふ――ⅠとⅡと二枚あつたらう、そこがクセ者なんだ、そして二枚とも中ほどまでは例のカチツカチツと鳴るだけだ、それをよく觀察すると、二枚とも同じ所󠄁からポーンと鳴つて始まるんだ……苦心談は割愛するが、其處にヒントがあるんだよ、つまり二臺の蓄音󠄁器で二枚を一度