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夜明け
わたしはたしかに聴いた。

四十羽、五十羽……百羽……
鶴は
酷寒の シベリアを翔破して
今年 幾年ぶりに
まことよくも日本の山河に還ってきたことか。
想えば
戦に敗けたあとやさき――
アメリカ人は 戯れに鶴を撃ち
ニッポン人は 戯れならず鶴を食ったが、

それにしても
このふるさとの四つの島が
いまはもう すっかり明るく晴れて
瑞々しく粧ってきたとでもいうのか
冷害の 北の野末に
一片の落穂がひろえることか。
水害の南の海辺に
いかほどの貝類や小魚がついばめることか。

せいせいせいせい……
せいせいせいせい……
秋冷の羽搏きたかく
鶴は
それでも還ってくる 還ってくる。
戯れの銃口と
戯れならぬ 飢牙が・
いまも枯芦のそこかしこには
ねらっているというのに
鶴は
まっすぐに首さしのべて還ってくる。

荒れ狂う シベリアの吹雪を衝いて
青黝い日本海の怒涛を越えて
百羽、二百羽……五百羽……千羽……
せいせいせいせい……
せいせいせいせい……
かなしみに高鳴る

鶴の
その若猛る羽搏きを、
その夢ならぬ羽搏きを、
わたしは聴いた。
夜明け
わたしはめざめながらに たしかに聴いた。

〈昭和二六年、姫路文学〉

日本の灯

 そのなかの一人が 突然なにか叫びながら
赤旗をふると、みんなまるでもう夢中になっ
て やま犬のように 赤旗の回りに群がり ぐ
るぐるスクラム組んで革命歌を咆えはじめた。
引揚船がいよいよ日本の岸壁に近づくと、船
長はなだめるように 故国の秋の蒼い山々
を指し、医者や看護婦や事務官や水夫達まで
が この途方もなく膨れあがる赤いスクラム
に 手をふって駈けよったり――悲鳴をあげ
て飛びのいたり――もう諦めたように 呟き
ながら遠くから眺めていたり――そのあげく
総がかりで やけにドラや汽笛をならしてみ
たりしてみてもかえって煽られたように 一
層火の王は燃えあがり、ぐるぐるぐるぐる渦
巻きたかまってゆく……

 やがてシベリヤ方向に沈んでしまう あの
灼熱の貧婪な太陽のように、人間の感情を粉
々に噛み砕きながら いつやむともしらず廻
りつづけた こんな巨大な非情の歯車がはた
み ひっそりとしてしまう永却の刹那が
ぽっかりと堅孔たてあなをひらく――甲板の黝い翳り
の底から“祖国ソビエートのために日本に敵
前上陸するのだ”慟哭するようなアクチブの
特殊鋼の声がひびいてきたが、ばらばらと数
名のものが拍手しただけで 今はがっかりと
マストの暗がりに固まって踞る者や、まだ暮れ
のこる西海の斜陽をぼんやり眺めている者や