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〈昭和二二年、兵庫詩人〉

宿屋の二階から 海の方をみると
防風林のなかが なにか不思議なもののよう
 にとぼ
風が吹いてくるたびに 蚊柱のような騒めき
 が湧いてくる。

今日 停車場にリュックサックを放置すてて逃げ
 てきた
この肩の軽さが 妙にわびしく落ちつかず
いつか ふらふらと この町の祭礼に紛れこ
 んでいったが――
 ぴいひょろ
 ぴいひょろ
 ばるん ちゃかちゃか……

おしろいの剝げた巫女が四人
魚屑のように生臭くおどっている。

ふっといま リックサックの重さを摺りあげ
 摺りあげる

あのいつもの肩の癖が祭礼の雑踏のなかで虚
 しくけいれんする

ぴいひょろ……ぴいひょろ……ばるんちゃか
 ちゃか……
この田舎のお神楽に とほうもなく熱い塊り
 が脹れだし
いまははやわめきだしたいような荒々しさで
まぼろしの肩の重さを摺りあげ摺りあげ
他郷の見しらぬ人混みをぐんぐん押しわけて
 ゆく。

〈昭和二二年、播磨文学〉

鏡とパン

もう死んでゆく友
鏡がほしいという
僕はコクトオのデッサン集を四十円で売る。
小さい鏡とパン一個とたったそれだけ。
ものを買うということが こんなにもしみじ
 みしたものか。

屋根裏の夕ぐれ
電球が切れている
もう死んでゆく友が絶え絶えに待っている。
僕はパンを半分ちぎって友に食えという。

敗戦で牢屋からだされた重態の友を
担ぐようにして病院をまわったが、
どこでもオコトワリの冷たい宣告――

はにかむように やせた掌を
鏡にひらひらさせながら
友は僕をみてものうく笑う。
僕はあわててパンを噛み やたらに噎せて呑
 みくだす。
もうどうしても駄目か 死なさねばならぬの
 か
友よ
〈見てみろ きれいだろう〉
僕は窓に鏡をかたむけて月をうつして見せて
 やる。

〈昭和二二年、播磨文学〉

鶴還る

晩秋の大気をって
せいせいせいせい……
鶴の
あの一羽乱れぬ羽搏きを