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ちよ経

とじるのです。
みえないものがみえてくるのです
春雨のあやつり糸や、
深海のカオスのランプや、
星をついばむコロナの不死鳥や、
そして肋骨をさまよう夜更けの獏など、
だからとじるのです。
それらのみえないものがぐるぐるみえてくる
 ので、
おまえと
わたしと
おそろしくなったり、
あるいはかなしくなったり、
どうしてもひらかずにはいられなくなるので
 す。
だからひらくのです。
するとみんなみんなみえないものに還ってゆ
 くのです
それだからとじるのです。
四次元世界にひらくサクラの気配や、
九億年にばくはつする富士火山系など、
みえないものがまたしてもみえてくるのです。
ああ だから だから
ひらくのです。――とじるのです。
ひらくのです
おまえと
わたしと
おろおろうろたえ
ただもううろたえて泣きだしながら
とじてしまうのです。
ふたり抱きあって とじてしまうのです。

〈昭和二二年、新涛〉

除夜の鐘

―美作のY女に―

きたくにの山の宿――雪ふりふけて
火桶にひとりペン胼胝たこさすりながら
わたしは深沈と除夜の鐘をきいている。

おどろおどろに戦勃り――
死生の旅に離れ住んで
おまえ 逢う日のよしもなかったが、
うつらうつらと戦熄んで――
幾とせぶりに除夜の鐘きけば
無頼の詩人うたびと わたしにも
そんな故郷があったのか――と、つい泣けて
 くる。

おまえ いま――かたくなの
  おっとの腕のなかに冷たくさめて
去日と今日を
  ――去年と今年におしひろげる
あのふかしぎな鐘の距離デスタンスをきいているのだろ
 うか。

旧蝋の――ともすれば
  暗く消えもいる愛情の灯の
新玉の――明るさに鳴りつづく
あのもえあがる鐘の魔術マジックをきいているだろう
 か。

おまえ その刹那の時間に響きあふれる
永遠の空間を――
零時零秒を――
  その不覚のよぎるたまゆらに
おまえ わたし いのちのかぎり
  どきん――と 触れあった
あのうろたえた鐘の醜聞スキャンダルをきいているだろう
 か。

きたくにの山の宿
  ――雪ふりやまず
火桶に異郷とつくにおきくずれやまず
あゝ 深沈と おもいいちずに
除夜の鐘がなるよ なるよ。