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 水をはこび
 梯子の危きにのぼり
 また担架などもかつぐという
妻の腕
男ならぬ その腕 われを泣かしむ。
 
わが眠りふかく寝返るとみせて
ひそかに拭うこれの涙を
妻よ
 ――しるや しらずや
ひとりしずかに起きいでて
深沈と
汝は明日の腕に膏薬を塗るなり。

〈昭和十八年、日本詩壇〉

交替

朝まだき茶の花畑を駈けぬけてきたのであろ
 う
あのひとは束髪に白い葩をかざして
ほっと上気した頬に霜があやうくこぼれそうだ

いちはやく夫を御国にささげて
もとからに黒い着物のよく似合う
虔しくさびしさをたたえた未亡人だったが―

紺縞のモンペをはきそめてよりのけなげさは
茶の花畑急ぐ手にふとも触れて
冷たくみいるような葩のま白さを
一枝折って髪挿すという――
心ゆとりのこうもいみじくあわれに
爽々しい慣しとはなったものか

うすみどり梢々に明るく
紅さす暁の光ながら
むくむくと由々しい山雲のたたずまいよ。

朝まだき 眠りさめやらぬ児を婆さんにあず
 けて
あのひとは大空の見張りの交替に
いそいそと茶の花畑を駈けぬけてきたのであ
 ろう。

〈昭和十八年、日本詩壇、朝日新聞〉