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わが墓碑銘

――いっそ私は忘れてしまいたい、私の現身の名を―

永遠を隔つとばりが薄れてゆく時刻とき
わたしは聞いた 忍びやかな使いの足音を。
わたしの肉体よりは 現世の華麗な夕栄えが
 消えてゆき
いま眞夜中の棺に横臥よこたわって わたしの聖霊は
もうふたたび覚むることなき憩いに眠る。
あまりにも潔く 優しく 心輝くわたしであ
 ったゆえ
神は病苦と貧困の嫉妬を肉体に架せ給うた。
風雨の穹の荒びも 生活の翳り麗しく晴れ
 やかに
犇く嘲罵のまちに住んで 微笑えみ報ゆるわた
 しであったゆえ
神は冷酪の恩恵もて 遂にこの生命いのちをも召し
 給うた。
ああ 醜草茂る荒廃の世に わたしは生きて
 三十四年、
いまこそたのし 諸々の煩惱に打克つ最後の苦
 悶よ!
蒼ざめゆく額よ!頬よ!弱まりゆく眼ざしよ
 !ああそれら永遠の自由よ!
屈辱と懊惱と悔恨の この肉体と精神はもう
 わたしのものではない。
君たちあとに残る人間の汚れた肉体と精神を
 もつものの
呼びつ歎きつ 怒りつつ いかに激しく追駈
 けるとも
冥府の闇深く わたしには人々の慟哭が聞こ
 えない。

  ぶらう・ぶらう・ぶらあーぶらう
 燃える涙の鼓打たば
屍もういちど起ちあがれ!
  ぶらう・ぶらう・ぶらあーぶらう
 溢るる涙の笛吹かば
屍もういちど微笑えめよ!
ただもう返らぬ愚痴と詮ない愛撫を 真夜中
 の棺に繰返し繰返し……
よよよよと歎きのたうつ眷属うかららの さながら
 に獸めくを
怪しみ 懷しみ わたしの子は真夜を目覚め
 て戯々と遊ぶ。

ああ萬世の英雄も 玉樓の住人も わたしに
 は砂漠の幻影にすぎぬ。
夥しい悪徳の淫侏の 血みどろな相剋の め
 ぐる因果の
人間のふるさとは 忿怒と悲歎の明日につづ
 く……
だがもうわたしは いますっかり楽になった
 のだ。
生命いのちおわる癒攣の苦悶のあともなく
わたしは真夜中の棺に しずしずと永遠の憩
 いに眠る
ぶらう・ぶらう・ぶらあ――ぶらう――。

〈昭和十六年、日本詩壇〉

明日の腕

管制の暗き燈下に
そと起きいでて
妻よ
肌ぬぎて汝は寒げに何せんとするや

くだつ夜の 白き腕に
深沈と膏薬を塗るなり、
いたくもの憂げに動かすなる
汝の腕われを泣かしむ

セキズイ疼く夫に替わりて
防空の
昼夜わかたぬ激しき訓練に――
 砂をあびせ