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悪童は
 いつか――泣き疲れて眠ったが――

来る春に 住く春に
白い葩 咲かせつつ……散らせつつ……
杏の樹
朽ちていまは哀れに
母もまた 老いて
なかなかに忿り給わず
ああ、色褪せたむらさきの母の紐よ
悪童は
鬚も――こわげに いたずらのとし月も数えて

夕べ
うつつなく 夢となく
まぼろしの 白い葩が散るので
母はひとしおなつかしいのであろう
古しえの 清く優しく
いまになお 青い眉 ほのかに忿らせて
杏の樹に縛りつける
悪童の
心に――暮れのころ むらさきの母の紐。

〈昭和十六年、日本詩壇・生活風景〉

晩秋老爺の像

いつの頃よりか
薄陽のなかに
目をほそめ
かすかに首を揺りい結う父なりけり
 
はらはらと……
はらはらと……
またしてもはらはらと
かそけきものは 落葉の気配――
父よ
いましは耳かたむけて 黙念となにを想うや

〈――みはるかす 霞のなかの花のみち 歩み
 佇み仰ぎたる 雲白き故郷の山
うつつなのかの火虹いまも懸るや
 ――はたまたは とどろに猛き孟夏の日 いど
 み爭い航りたる 浪荒き異国の海
絢爛の檣燈いまも走るや〉

崖のごとく
黝く削られし頬にぞ
芒なす鬚――そうそうと白銀しろがねにそよげる貌の
かぎりなくきよく 寂しく たかくはおぼゆれど
光なきその瞳 いろ褪せしその唇
尖りたるその掌をあげて
虚しく叫び給うに
若き日の太陽――ふたたびは汝に返す術なけ
 れ。

風白く 去りゆきければ
粛條と 時雨きたりて
この庭面 いちはやく冬づきそめにし
一匹の蛾
屈みたる その肩にとまりて
汚点しみのごとく動かず
父もまた ひっそりと坐して塑像のごとし。

〈昭和十六年、日本詩壇〉

振子

   青い鸚鵡を尋ねて、七ツの海洋を航っ
   たが、わたしは幸福のかわりに、深い
   悔恨の傷心を得て、いま故郷の 白亜
   の時圭台に眠る。希望と絶望の振子を
   聽きながら――

   〈夜から〉

二人の 侏儒が
黄金の鍵で