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雪の夜の倫理

―毒まんじゅう事件の判決の夜に―

春の雪、ふるよふるよ
  あたたかくやわらかくふるよ、
夕ぐれを あかるくかるく
  あしおとしのばせてふるよ、
ふるよふるよ 雪よ
  わたしから逃げた恋人の髪に――
  わたしを裏ぎった友人の掌に――
ふるよふるよ――(憎しみとはつまり愛する
 ということだろうか)

春の雪、ふるよふるよ
涙のように
  夕刊もぬれてふるよ
しょんぼりうなだれて
  女囚の肩におもたくふるよ、
ふるよふるよふるよ あわれ九年の判決に
菊子追想ゆめ
夜をこめて さみしくうつくしく
獄屋の窓にも雪は しみじみ訪うものかよ。

ふるよふるよ――(愛すとはつまり赦すとい
 うことだろうか)
誰もたれもなつかしくみんな会いたい人ばか
 り
  憎まねばならなかったという――
  犯さねばならなかったという――
ああ にんげんの 赦し赦されることのない
悲しい運命くすぜについて
罪びとは罪びとどおし寄って祈れば
雪は 真実まことの道を証してくれようもの。
雪よふれふれ
にんげんよ死ね死ね――(赦すとはつまり死
 ぬということだろうか)
この永遠の赦しのために
日本は大陸に血を流しているのか。
神も佛もなかぞらに
ふるよふるよ 雪よ
おまえがいちばん正しく清い
ふるよふるよふるよふるよ……

ああふるよ 春の雪ふるよふるよ
  庭面に 窓に わたしの詩に……
ふるよふるよ せめて今宵を雪ふるごとく
妻も
 匂え
  粧え
卓に明るく水仙の鉢などとぼせば
心のしみもましろくほぐれて
ほのかにふくらむ愛情の蕾を溫めようではな
 いか。

〈昭和十五年、日本詩壇〉

梅雨の窓

杏の実 せつなく 熟れて
六月の空 くらく 噴霧ガスとなる。

いさかいしあとの虚白むなしさ――

   ×     ×

しらじらしきは
ふるさとの伝統
うっとうしきは
にんげんの絆。

恍として熱あり われのみ怒る。

   ×     ×

ひとりの友は彈に斃れ