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軒下に 絡る〈空間〉と
朽壁に しみつく〈時間〉の
寒々しい 観念の十字架よ。
たんねんに
ほぐしては
組立て
  組立てては またほぐし
  ……………………………

私は いったい
いつまでか
修理なおらぬこの古時計を
いじくってゆかなければならないのだろうか。

〈昭和十四年、日本詩壇〉

生活の門

獲物なき 獵人のように
とぼとぼと帰る 家路の暗さよ。

私は門にちどまって
そっと内をうかがう。
 障子には明るい灯の影動き
 火鉢には熱い茶の湯ふきこぼれ
 卓上には一輪の花と一壺の酒が
 そして妻の優しい微笑みが今宵も
 私の元気な足音を待ち佗びているのだ。
私は自分の表札をじっと見上げる。
大塚徹よ。
 歳月の風雨に色褪せ
 貧困の風雪に削られながら
 一家の頭上に逞しく座して動かぬ
 私の名よ
徹よ!

さあ、明日から
私は自分の名を昂然と仰ぎ
足音強くひびかせて
朝夕の この矜恃ほこり高き生活の門をくぐろう。

〈昭和十四年、日本詩壇〉

春の雪馬鹿

破れ傘、巷に飢えて
味気ない春の淡雪、
思い出はみんなぼろぼろ
ぎごとも千々に消えさり――

デカタンもやるならやらせ かつつぶせ、
その後にきたる真理の夜明け、
ボードレールの悪の華
咲くか咲かぬかこらどうじゃ。

この野郎、音ものう降りつむ雪の
ぺいぷめんとの夕闇に
またしても またしてもうかびあがるは
にっぽんの自由と平和のあかきまぼろし。

暴風のように どっとたかまるこの血潮、
何時いつに口火をるものぞ
足もとはよろけよろけして
あハハの穴あき帽子しゃっぽ 泥の禿ちび下駄。

泣くも 笑うも
今宵はゆるせ
心のなかの ふるさとの
わがゆく末に れ住んで
痩せもやせたり妻も、子も。

どうせやるなら かつつぶせ、
明日は英雄、今日は馬鹿、
雪がわが身のおきなれば
どんどん降れふれもっと降れ、
雪馬鹿野郎のちゃんりんに
積りつもって朝がくる。

〈昭和十四年、国民詩〉