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 翳してみせた。
オンナは、悄然と泣いて、やがて吹雪の方向
 に消えていった。

(ああ、心の中のもうひとつの私よ!
 声のない声で、陰影かげのない掌で、幻想まぼろしのオ
 ンナを呼びもどすのだ。あわれ、犬のよう
 に飛出して、吹雪の足跡を追跡するのだ)

だが、それは深夜の暗に映写する吹雪の幻
 燈だった。
ただもう私は、化石のように火桶を抱いて、
 瞼を閉じて
遠ざかりゆく吹雪の跫音あしおとを、忱と聴きすまし
 ているのだった。

〈昭和八年、愛誦〉

冬眠の夢

野晒の
氷雨に打たれ、打ち拉がれ
白雪の下積に冬眠する
雑草よ!

来る日も 来る日も
黒衣の太陽――
耳をすませば
えいえいと忍従する野晒の合掌。
ぼうぼうと呻吟する雑草の祈念。

――春は南の海よりつばめの翼にのって訪ず
 れる。
 暖き微風に胎んで蝶の子は生まれる。
 雑草は貧しきながら花をむすぶ。

今は冬。ああ、野晒の
よりかたまって裂風を弾き、積雪を突き、
昂然と伸びあがらんとする気概をみせて、
されど、気息焉々 雑草の
あえかにも春を待つ冬眠の夢よ。

〈昭和八年、神戸詩人〉

祭礼の印象

野のはてに、
白紙のような月が昇った。
そのしたで
昔、農民たちの貧しい祭礼があった。

オトコオンナが、
魚のように悲しげな瞳で、
ぱらりぱらり踊りくるっていた。

耳をすますと
こほろぎのように
とぎれては、また
ほぞぼそと音頭の唄がきこえた。

雲のむこうから
ひえびえと風が吹いてきた。
水のように焚火をめぐって、
農民たちの寂しい秋の祭礼があった。

〈昭和八年、神戸詩人〉

太陽相尅

拭えばとて消滅きゆ汚点しみかよ。
しむしむと肋骨あばら滲透にじ生活たつき雨漏あまもり
ちくちくと脊髄せきずい刺す思想の氷柱つらら

まぶたの裏に描く、幻影まぼろしの、華麗の暴力ミステリー
深夜、血に狂う、酒池肉林の、白狼の舞踏。