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じっと耳をすませば
セキズイは軋る第二頸骨と第三頸骨。
おもしろやセキズイ軋る。軋る。
去年こぞの太陽――魚屑のごとく男棄てし加古川
 の女よ。
浪あらき日本海の温泉に
胸病みて、いまをこそ杏き松葉牡丹の情痴を
 抱くとか
寒鴨をわれに送りて逢えばまた悲しき恋なが
 ら
ほそぼそと われとてもセキズイの疼きに
年月のみながれて今年二十四の春となる

戸外は氷雨ふる春の夕ぐれ。
それら悲しき恋の女、ユリアンよ。ウメンチ
 よ。クニッペよ。ツンよ。
今年こそ蒼白いインテリの戯びやめて、タイ
 キンよ。セッシャンよ。ミッシャンよ。

ああ、血潮吹く赤旗を黎明の風に漂わそうぞ
ふるさとの屋根裏の朽窓に冷えし火桶抱きて
パンパンと笑うひつじ年の正月。

ひる ひる ひる ひるる
セキズイは軋る。
またしても セキズイは軋る骨と骨と相尅つ
 ひびき。
黙念と屠蘇に酔えば
瞳とじてああセキズイ軋る。軋る。

〈昭和六年、朝〉

蟬穴

蟬穴にはふかぶかと季節がねむっている。
滴る冷水をのみ、草根をかじって
蟬は今日もはてしない旅路に疲れた。

晴風。
蟬穴にころげこんだタンポポの綿毛を觸手に
地上に躍動する春の気流をかんじた。

たそがれ。
蟬は杳々と明るい蒼穹を胸裡むねに描いた。
メリンス友禪の発散する体臭を嗅いで
蟬は白い素足のお嬢さんに童貞をなげうった。

あゝ かくて春もすぎ眞夏もくれた。
烈日に幾多の蟬が生まれ
ここにルイルイと蟬殻を葬って
やがて墓場の冬がこわげに 寒げに
黒衣をまとって蟬穴をのぞくのだ

〈昭和六年、愛誦〉

遺書的な詩

―ニヒ・カンにおくる―

その夜も窓べにからっぽの一リンざしがころげ
 ており
机のまえに私はぽつねんと座っており
わたしのほかには誰もいない夜更けの部屋だっ
 た。

その夜も、秋は私の神経になんの関係かかわりがあっ
 たろう‼︎
ただもう、阿呆のように病人のように老人としより
 ように
朽窓には暗い影法師が揺れていたのだ。

その夜も、私は私の影法師をじっと見つめて
 いたのだったが
私はタンタンと秋雨のしづくを聴いていたの
 だが
私は誰であるかわからない幽婉な妻の面影を
 夢みていたのだが

こんな夜がいつかたしかにあったようだし
今夜ふたたびそれをくりかえしているのでは