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ども猶ほ其の說の根柢は信仰(即ち感情)と悟性との二元論に立てること恰もカントが悟性と理性との二元論に立てるが如し。彼れ曰はく、「我が心情に於いて光あり而かも我れ之れを悟性の上に移さむとするや忽ち消滅す」と。

ヤコービに似て個人の信仰上の確證を以て據處としたるは彼れ、へルデル及びカント等と交遊せし當代の一奇物ハーマンなり(Hamann 一千七百三十年カントと同じ市府に生まれ一千七百七十八年に死す)ハーマン以爲へらく、吾人の悟性にのみ依る時は終に吾人の心中に相和すべからざる分離を來たさざるを得ず、而してカントの論は此の獘に陷れるものなり。然るに吾人の心性は實際其の如く相分離したるものにあらず。言語の妙用に於いて吾人は已に理性が感官上の存在を取り居ることを認むるを得と。彼れは吾人が悟性を以てする知識の代はりに宗敎上の祕密を各自に其の心底に於いて直接に感じ得べきことを說けり。

《シュルツェの反對說。》〔三〕更に他の特殊なる立脚地よりしてカントに對する駁擊を試みたるものあり、即ち懷疑的立脚地よりカントが知識論の歸結を暴露せしめむと力めたる