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も、民約說は彼れに於いては其の趣を變じて社會の歷史上の成り立ちをいふものたらず、唯だ立法上の理想を揭ぐるものとせられたり、換言すれば、彼れは國家を實際民約によりて始めて形づくられたるものと見たるにはあらずして恰も民約によりて形づくられたるかの如くに見て法律を立てざるべからずと考へたるなり、蓋し立法者は全國民が自ら定めざる法律を定めて之れを其の國民に擔はしむべき筈なければなり。

カントに從へば、人類歷史の起原は人間が唯だ其の本能に從うて行動したる稚き狀態を脫する所に在り、而して其の自然なる狀態と其を圍繞する自然界との上に文明上の所造を來たさむとする是れ即ち人類の歷史が取る所の道なり。初めは唯だ自然の欲望及び必要によりて起これる團結を漸次に理性の指示にかなふ國家とならしむる是れ即ち歷史進步の目的にして文明の進步も畢竟ずるに此の目的に向かひゆくものなり。文明を進むる道は吾人の具ふる種々の能力を發達せしむるに在り、而して其等能力の發達は分業を必須とし或者は勞働に從事し或者は高等なる知力的事業に從ふ餘裕を得ざるべからず。斯く分業の行はれ來たる