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すべきものにして他人の人格をして我が發揮すべき道德的價値の身代はりを勤めしめ得べきに非ず。此のゆゑにかゝる人格を有すべき者は之れを唯だ他の事柄の方便としてのみ取り扱はず當さに其れ自身の目的として取り扱ふべきなり。是れカントが其の謂はゆる道德法に第二の形を與へて吾人人類を汝の人格に於いても又汝以外の人格に於いても常に目的として取り扱ひて決して唯だ方便として取り扱はざる樣に行へと云ひたる所以なり。

カントは更に其の謂ふ道德法に第三の形を與へ、上に云へるが如く唯だ方便として取り扱ふべからずして其れ自身の目的として取り扱ふべき者即ち理性的意志を具ふるものが相結合して一團體を成すを要すと考へたり。一言にいへば、カントは茲に凡そ倫理說に於いて全くは缺くべからざる社會てふ觀念を持ち來たれるなり。

彼れが道德法の第三の形に曰はく、吾人各〻斯かる團體の一員として其の團體を成り立たしむる樣に行へと。然らば如何に行はば其の如き團體は成り立つべきか。曰はく、各〻其れ自身の目的たる者の相結びて一團體を成し得むには其の各〻が遍通