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カントは其の性頗る溫厚快活にして規律正しく且つ信義を重んじ又人と交はるには頗る友誼に厚かりき。彼れは食事の時に朋友を招きて共に相語ることを樂しみしが其等の談話に於いては哲學上の事を避けて專ら政治上の事を談ずるを好みき。彼れは政治上に於いては自由主義を懷き亞米利加合衆國の獨立戰爭及び佛蘭西の革命事業に對して大に同情を表したりき。彼れが獨立を愛する氣象は其の言葉によりても明らかに認むることを得。彼れ曰はく、「一人の行爲を他人の意志の下に隸屬せしむることばかり忌み嫌ふべきものなし」と。彼れが生活上規則正しかりしや朝に臥床を出でてより夕に寢に就くに至るまで或は業務を執り或は食事を爲し或は散步する等悉く其の時間を違ふることなく唯だルソーの著『エミル』の出版されたる時之れを繙き見て其の面白さに其が常規なる午後の散步を怠れることありきといふ。彼れは大にルソーを愛讀し敎育思想に於いてはルソーの感化を受けたるもの多かりき。

《カントの思想發達の次第、其の四期。》〔三〕カントは當時一般に獨逸の學界に行はれたるライブニッツ‐ヺルフ學派の中に養はれ後遂に其の批評哲學を形づくるに至れるが、彼れが思想發達の順