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を及ぼしたる最も著るき例なり。斯くデカルト等が其の哲學上の立塲より揭げ出でたる自然科學的硏究の理想に光輝ある一大證明を與へ如何にして物質的世界てふ一大機關が維持さるゝかを示したるもの是れ即ちアイザック、ニュートン(Isaac Newton)なり。

《ニュートンの生涯、著述及び同時代の學者との關係。》〔二〕ニュートンはロックに後るゝこと十年(即ち一千六百四十二年十二月二十五日)にして生まる。初め農夫となりて牛羊を牧せしが其の間にも常に學問上の事に思ひを凝らし、幼きより機械の製作等を好めりしが遂に其が生來の希望を達して學問に從事するの機會を得、ケムブリッジの大學に入りて其の學識は非常に速かに進步したり。後久しき間該大學に在りて數學の敎授たりき。其の著述の最も重要なる者は一千六百八十七年に出版せし "Principia Philosophiae Naturalis Mathematica" 及び一千七百四年に公にせし "Optics" なり。彼れの有名なる微分法(fluxion)の發明は一千六百六十五、六年頃已に彼れの思ひ到れる所にして、其の發見の時日より云へばライブニッツに先きだてりしが世に發表したることは彼れに後れたり。ニュートンの有名なる硏究の一は光線の分析(是れ其の "Optics" に於い