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學思想はヒュームに於いて一種の休息塲を見出だせりといふものから、猶ほこゝにのみ止まり居ること能はざるなり。彼れが出立點の正否、是れ須らく問ふべき問題なり。知識問題は寧ろ彼れが以て出立したる所のものを討究するに在り、彼れは未だ此の問題を解かず、之れに手を觸れずして措きたるなり。彼れ以後に於いて如何に哲學思想の變遷し來たらむとするか、殊にカントがヒュームの揭げたる問題に對し更に滿足なる解釋を與へむと試みて如何なる知識論上の大潮流を起こし來たるかは後章に於いて吾人の叙述すべき所なり。

《經驗哲學以外當時に於いて攷究せられたる事柄。》〔一三〕上來叙述し來たれる所によりて知らるゝ如く英吉利に於いてロックに始まれる經驗哲學の潮流はヒュームに至りて其の頂上に達し一段落をなせり。されどロックよりヒュームに至るまでの間は英吉利に於いては學問上頗る活潑なりし時代にして以上述べ來たれる心理學上及び知識學上の硏究の外尙ほ他の事柄に就いても盛んに攷究せられたり。而して此の間に於いて特に吾人の注意すべきは自然科學宗敎及び道德に關する硏究にして此等が上に述べたる心理學及び知識學上の動機と共に種々の關係を成して生起し發達し來たれり(ロック及