Page:Onishihakushizenshu03.djvu/52

このページは校正済みです

どの流布せるあるが、希臘哲學の發生せし前にもまた種々の神話及び天地開闢說等夙くより言ひ傳へられ時の詩人に謳歌せられき。而してこれら希臘の傳說は大體上他國のに優りて特に高等なる段階にありきとは云ふべからざれど、希臘の詩人などの之れを謳歌せるうちには其の人民特有の優美なる想像のいとよく見え、且つ當時幼稚なる希臘人が如何さまに世界を觀ぜしかもよく現はれて興味多し。

ホメーロスの詩中には神々に關する說話夥多あれど天地開闢の事に就いては多く言はず、こは疑ふらくは當時俗間に傳はれる傳說に對して旣に慊らずなりし結果ならむか。しかるにヘーシオドス(西曆紀元前八百年頃の人)に至れば反りて細々と天地開闢諸神出生の事を記したり。さはれこは彼處此處に存在せりし傳說そのまゝを記しゝにはあらでむしろ俗間の言ひ傅へその儘を以て滿足せず多少之れを組織統合せむとせし要求の結果なりしならむ。ヘーシオドスは天地の生起を考へて太初にカーオス(χάος カーオスはもと深淵といふ意味の語源より來たれり、空々漠々たるさまを意味せるならむ)ありてこれよりガイーア(Γαῖα 地)とエロース(Έρως 生產力)と生り出で斯くて漸次に諸