Page:Onishihakushizenshu03.djvu/363

このページは校正済みです

第十九章 懷疑學派及び折衷說

ピルローン學徒

《ピルローンと其の弟子ティモーン。》〔一〕キニク學派の脈がストア學派に傳はり、キレーネ學派の脈がエピクーロス學派に傅はりたるが如く、キレーネ學派及びキニク學派が其の起原に於いて親密の關係を有するソフィストの流れが懷疑學派に於いてアリストテレース以後の哲學に傳はれるを看る。アリストテレース以後の哲學に於いて懷疑說を主張したる最も古きものはピルローン學徒なり。エリス人ピルローン(Πύρρων)はアナクサルコスと共にアレクサンドロス王の遠征に從ひて東方に行きしことあり。彼れが如何なる人に師事せしかは明らかならざれどもエリス、メガラ學派の說を聞きしことあるらしく考へらる、而して其の懷疑說はソフィストの流れに連絡する所ありと見て不可なかるべし。紀元前二百七十五年乃至二百七十年頃に九十歲ほどの高齡を以て歿せしが如し。彼れが書を著はしたることを知らず其の說の後人に知らるゝは其の弟子なるフリオス人ティモーン(Τίμων 紀元前二百四十一年以後