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〈る、又彼れが時に用ゐたるイデア ἰδέα といふ語も右と同じき起原を有して一物のみえを意味し從うて性又は種といふ意義に用ゐらる、故にアイドス又はイデアはと飜して可なるべし。〉且つ又デーモクリトスが虛空と形とを具えたるアトムとの二者を以て個物界の生起を說明せるはプラトーンが非有と定相を具へたるイデアとを以て生滅界の現存を說けるに似たり。


物理論

《プラトーンの物理論。》〔十九〕上にも云へる如くイデアと非有とが相合して生滅變化の世界の成立する所是れプラトーンの哲學に於いて最も解し難き所なり。されば彼れが自然界の哲學を述べたるものと見るべき對話篇『ティマイオス』には多く譬喩を以て其の物理の論を展開せり。かく彼れが物理哲學に於いて譬喩を用ゐしは彼れに取りて必ずしも咎むべきことにはあらざるべし。そは彼れに從へば明瞭なる知識の對境となるべきものは唯だイデア界のみにして生滅變化の自然界に就きては吾人は唯だ覺束なき知識即ち臆說(πίστις〈是れは俗識即ち δόξα の一種なり〉を形づくり得るのみ、畢竟自然界に對しては吾人は明瞭なる學理的知識を得べからず自然界の硏究は唯だ或然