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難波の長柄 宮、淡海 の大津 宮のほどに至りて、天の下の御制度 も、みな漢 になりき、かくて後は、古 の御 てぶりは、たゞ神事 にのみ用ひ賜へり、故 後 代までも、神事 にのみは、皇國のてぶりの、なほのこれることおほきぞかし、
さてこそ
いとめでたき大御國の道をおきながら、他國 のさかしく言痛 き意行 を、よきことゝして、ならひまねべるから、直 く淸 かりし心も行 ひも、みな穢惡 くまがりゆきて、後つひには、かの他國 のきびしき道ならずては、治まりがたきが如くなれるぞかし、さる後のありさまを見て、聖人の道ならずては、國は治まりがたき物ぞと思ふめるは、しか治まりがたくなりぬるは、もと聖人の道の蔽 なることを、えさとらぬなり、古 の大御代に、其道をからずて、いとよく治まりしを思へ、