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ぬに、いま我數奇を憐み、又た別離を悲みて伏し沈みたる面に、鬢の毛の解けてかゝりたる、その美しき、いぢらしき姿は、余が悲痛感慨の刺激によりて常ならずなりたる腦髓を射て、恍惚の間にこゝに及びしを奈何にせむ。

公使に約せし日も近づき、我命はせまりぬ。このまゝにて鄕にかへらば、學成らずして汚名を負ひたる身の浮ぶ瀨あらじ。さればとて留まらんには、學資を得べき手だてなし。

此時余を助けしは今我同行の一人なる相澤謙吉なり。彼は東京に在りて、既に天方伯の祕書官たりしが、余が免官の官報に出でしを見て、某新聞紙の編輯長に說きて、余を社の通信員となし、伯林に留まりて政治學藝の事などを報道せしむることとなしつ。

社の報酬はいふに足らぬほどなれど、棲家をもうつし、午餐に行く食店をもかへたらんには、微なる暮しは立つべし。兎角思案する程に、心の誠を顯はして、助の綱をわれに投げ掛けたるはエリスなりき。かれはいかに母を說き動かしけん、余は彼等親子の家に寄寓することとなり、エリスと余とはいつの間にか、有るか無きかの財產を合せて、憂きがなかにも樂しき月日を送りぬ。

朝の珈琲果つれば、彼は温習に往き、さらぬ日には家に留まりて、余はキヨオニヒ街の間口せまく奧行のみいと長き休息所に赴き、あらゆる新聞を讀み、鉛筆取り出でゝ彼此と材料を集む。この截り開きたる引窻より光を取れる室にて、定りたる業なき若人、多くもあらぬ金を人に借して己れは遊び暮す老人、取引所の業の隙を偸みて足を休むる商人などと臂を並べ、冷なる石卓の上にて、忙はしげに筆を走らせ、小をんなが持て來し一盞の珈琲の冷むるをも顧みず、明きたる新聞の細長き板ぎれに插みたるを、幾種となく掛け聨ねたるかたへの壁に、いく度となく往來する日本人を、知