一年ながらをかし。
正月一日は、まいて空の景色うら〳〵と珍しく、かすみこめたるに、世にありとある人は、姿容心ことにつくろひ、君をもわが身をも祝ひなンどしたるさま、殊にをかし。
七日は、雪間の靑菜靑やかに摘み出でつ〻、例はさしもさる物目近からぬ所に、もてさわぎ、白馬[1]見んとて、里人は車きよけにしたてて見にゆく。中の御門の閾ひき入る〻ほど、頭ども一處にまろびあひて、指櫛も落ち、用意せねば折れなンどして、笑ふもまたをかし。左衛門の陣などに、殿上人あまた立ちなンどして、舍人の弓ども取りて、馬ども驚かして笑ふを、僅に見入れたれば、立蔀などの見ゆるに、主殿司、女官などの、行きちがひたるこそをかしけれ。いかばかりなる人、九重をかく立ち馴すらんなど思ひやらる〻中にも、見るはいと狹きほどにて、舎人が顔のきぬ[2]のあらはれ、白きもののゆきつかぬ所は、誠に黑き庭に雪のむら消えたる心地して、いと見ぐるし。馬のあがり騷ぎたるも恐しく覺ゆれば、引き入られてよくも見やられず。
- ↑ 正月七日、左右馬寮より二十一匹の白馬を宮廷に引き出し、天皇の御覽に供へ、又庶民にも示す
- ↑ 顔の地膚