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心憂きことのみありて、はては許さぬものどもおしとりて、緣より墮ち馬車より落ちてあやまちしつ、ものにも乘らぬきはは大路をよろぼひ行きて、ついひぢ、門の下などに向きて、えもいはぬ事どもしちらし、年老い袈裟かけたる法師の、小わらはの肩をおさへて聞えぬ事どもいひつゝよろめきたるいとかはゆし。かゝることをしてもこの世も後の世も、益あるべきわざならばいかゞはせむ。この世にては過おほく、財を失ひ病をまうく。百藥の長とはいへど、萬の病は酒よりこそおこれ。憂を忘るといへど、醉ひたる人ぞ過ぎにしうさをも思ひいでゝなくめる。後の世は人の智惠を失ひ、善根をやくこと火の如くして惡をまし、よろづの戒を破りて地獄におつべし。酒をとりて人にのませたる人、五百生が間手なきものに生るゝとこそ佛は說き給ふなれ。かくうとましと思ふものなれど、おのづから捨て難きをりもあるべし。月の夜、雪の朝、花のもとにても心のどかに物語して盃いだしたる萬の興をそふるわざなり。つれづれなる日、思ひの外に友の入りきて、執り行ひたるも心慰む。なれなれしからぬあたりの御簾の中より、御くだものみきなど、よきやうなるけはひして、さし出されたるいとよし。冬せばき所にて〈火にてイ有〉ものいりなどして、へだてなきどちさしむかひておほく飮みたるいとをかし。旅のかりや野山などにて、御肴何などいひて、芝の上にて飮みたるもをかし。いたういたむ人の、强ひられてすこし飮みたるもいとよし。よき人のとりわきて、今ひとつうへすくなしなどのたまはせたるもうれし。ちかづかまほしき人の上戶にて、ひしひしと馴れぬる又うれし。さはいへど上戶は、をかしく罪ゆるさるゝものなり。醉ひくたびれてあ