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をいふに、「世の式もかはりたることはなきにも」と書きたり。

さしたる事なくて、人のがり行くはよからぬことなり。用ありて行きたりとも、その事はてなばとくかへるべし。久しく居たるいとむづかし。人とむかひたれば、詞おほく、身もくたびれ、心もしづかならず。萬の事さはりて時をうつす、たがひのため益なし。いとはしげにいはむもわろし。心づきなきことあらむをりは、なかなかそのよしをもいひてむ。おなじ心にむかはまほしく思はむ人の、つれづれにて、「いましばし、今日は心しづかに」などいはむは、このかぎりにはあらざるべし、阮籍が靑き眼、誰もあるべきことなり。その事となきに人の來りて、のどかに物がたりしてかへりぬるいとよし。また「文も久しく聞えさせねば」などばかりいひおこせたるいとうれし。

貝をおほふ人の、我が前なるをばおきて、よそを見わたして、人の袖のかげ、膝の下まで目をくばるまに、前なるをば人におほはれぬ。よくおほふ人はよそまでわりなくとるとは見えずして、近きばかりおほふやうなれど、多くおほふなり。碁盤のすみに石をたてゝはじくに、むかひなる石をまもりて弾くはあたらず、わが手もとをよく見て、こゝなるひじりめをすぐにはじけば、立てた〈たイ無〉る石必あたる。萬の事外にむきてもとむべからず。たゞこゝもとを正しくすべし。淸獻公〈趙抃〉がことばに、「好事を行じて前程を問ふことなかれ」といへり。世を保たむ道もかくや侍らむ。內を愼まず、輕くほしきまゝにしてみだりなれば、遠國必そむく時、はじめて謀をもとむ。「風にあたり濕に臥して、病を神靈にうたふるはおろかなる人なり」と醫書