Page:Kokubun taikan 09 part2.djvu/310

このページは校正済みです

北のやかげに消えのこりたる雪の、いたうこほりたるにさし寄せたる車のながえも、霜いたくきらめきて、有明の月さやかなれどもくまなくはあらぬに、人ばなれなる御堂の廊に、なみなみにはあらずと見ゆる男、女となげしにしりかけて、物がたりするさまこそ何事にかあらむつきすまじけれ。かぶしかたちなどいとよしと見えて、えもいはれぬにほひのさとかをりたるこそをかしけれ。けはひなどはづれはづれ聞えたるもゆかし。

高野の證空〈智眞弟子〉上人、京都へのぼりけるに、ほそ道にてうまに乘りたる女の行きあひたりけるが、口ひきける男あしくひきて、ひじりの馬を堀へおとしてけり。ひじりいと腹あしく咎めて、「こはけうの狼藉かな。四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼はおとり、比丘尼より優婆塞はおとり、優婆塞より優婆夷はおとれり。かくうばいなどの身にて、比丘を堀に蹴入れさする、未曾有の惡行なり」といはれければ、口引の男、「いかに仰せらるゝやらむ、えこそ聞き知らね」といふに、上人なほいきまきて、「何といふぞ。非修非學の男」とあらゝかにいひて、きはまりなき放言しつと思ひけるけしきにて、馬ひきかへしてにげられけり。たふとかりけるいさかひなるべし。

女のものいひかけたる返り事、とりあへずよき程にする男はありがたきものぞとて、龜山院の御時、しれたる女房ども若き男だちの參らるゝごとに、「時鳥や聞き給へる」とて問ひて試みられけるに、なにがしの大納言とかやは、「數ならぬ身はえ聞き候はず」と答へられけり。堀川內大臣殿〈具守〉は「岩倉にて聞きて候ひしやらむ」と仰せられたりけるを、「これに難なし。數