Page:Kokubun taikan 09 part2.djvu/283

このページは校正済みです

れ。さる心ざましたる人ぞよき」と人の申し侍りし。さもあるべきことなり。

「朝夕へだてなくなれたる人の、ともある時に、我に心をきひきつくろへるさまに見ゆるこそ、今さらかくやは」などいふ人もありぬべけれど、なほげにげにしくよき人かなとぞおぼゆる。うとき人のうちとけたることなどいひたる、またよしと思ひつきぬべし。

名利につかはれて、しづかなるいとまなく、一生をくるしむるこそおろかなれ。財おほければ身をまもるにまどし。害を買ひ煩を招くなかだちなり。身の後には金をして北斗をさゝふとも、人のためにぞわづらはるべき。愚なる人の目をよろこばしむるたのしみ、またあぢきなし。大なる車、肥えたる馬、金玉のかざりも、心あらむ人はうたて愚なりとぞ見るべき。金は山にすて、玉は淵になぐべし。利にまどふはすぐれて愚なる人なり。うづもれぬ名を、ながき世に殘さむことあらまほしかるべけれ。位たかくやんごとなきをしも、すぐれたる人とやはいふべき。愚に拙き人も、家に生れ、時にあへば、たかき位にのぼり驕をきはむるもあり。いみじかりし賢人聖人、みづからいやしき位にをり、時にあはずしてやみぬる又おほし。ひとへに高きつかさ位をのぞむも次におろかなり。智恵と心こそ世にすぐれたるほまれものこさまほしきを、つらつらおもへば、譽を愛するは人の聞をよろこぶなり。譽むる人そしる人ともに世にとゞまらず。傅へ聞かむ人またまたすみやかに去るべし。誰をかはぢ誰にか知られむことをねがはむや。譽はまた毀のもとなり。身の後の名のこりて更に益なし。これをねがふも次におろかなり。たゞししひて智をもとめ、賢をねがふ人のためにいはゞ、智恵い