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なくなりぬれば、しなくだり、顏にくさげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝこそほいなきわざなれ。ありたきことは、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道、また有職に公事のかた、人のかゞみならむこそいみじかるべけれ。手などつたなからずはしりがき、聲をかくして拍子とり、いたましうするものから、げこならぬこそをのこはよけれ。

いにしへの聖の御代のまつりごとをもわすれ、民のうれへ、國のそこなはるゝをも知らず、よろづにきよらをつくしていみじと思ひ、所せきさましたる人こそうたて思ふところなく見ゆれ。「衣冠より馬車にいたるまで、あるにしたがひてもちゐよ。美麗をもとむることなかれ」とぞ九條殿〈師輔〉の遺誡にもはべる。順德院の禁中の事ども書かせ給へる〈禁秘抄〉にも「おほやけのたてまつりものは、おろそかなるをもつてよしとす」とこそ侍れ。

よろづにいみじくとも、色このまざらむ男はいとさうざうしく、玉のさかづきのそこなき心ちぞすべき。露霜にしほたれて、所さだめずまどひありき、親のいさめ、世のそしりをつゝむに心のいとまなく、あふさきるさに思ひ亂れ、さるは獨ねがちにまどろむ夜なきこそをかしけれ。さりとてひたすらたはれたる方にはあらで、女にたやすからず思はれむこそあらまほしかるべきわざなれ。後の世の事心にわすれず、佛の道うとからぬ、心にくし。不幸にうれへに沈める人の、かしらおろしなど、ふつゝかに思ひとりたるにはあらで、あるかなきかに門さしこめて待つこともなくあかし暮らしたるさるかたにあらまほし。顯基中納言のいひけむ、配所の月罪なくて見むこと、さもおぼえぬべし。