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轉寢記

もの思ふことの慰むにはあらねど、ねぬ夜の友とならひにける月の光待ち出でぬれば、例の妻戶おしあけて唯一人み出したる。あれたる庭の秋の露かこち顏なる蟲のねも物ごとに心をいたましむるつまとなりければ、心に亂れおつる泪をおさへて、とばかりこし方ゆくさきを思ひつゞくるに、さもあさましくはかなかりける契の程を、などかくし思ひいれけむと我が心のみぞかへすがへす怨めしかりける。夢現ともわきがたかりし宵のまより、關守のうちぬる程をだにいたくもたどらずなりにしや。うちしきる夢のかよひ路は、一夜ばかりのとだえもあるまじき樣に習ひにけるを、さるは月草のあだなる色を、かねてしらぬにしもあらざりしかど、いかにうつり、いかに染めける心にか、さもうちつけに生憎なりし心迷ひには、ふし柴のとたに思ひしらざりける。やうやう色づきぬ〈如元〉秋の風のうきみにしらるゝ心ぞうたてく悲しきものなりけるを、おのづから賴むる宵はありしにもあらず。うち過ぐる鐘の響をつくづくと聞きふしたるも、いける心ちだにもせねば、げに今更に鳥はものかはとぞ思ひしられける。さすがにたえぬ夢の心ちは、ありしにかはるけぢめも見えぬものから、とにかくに障りがちなる蘆分船にて、神無月にもなりぬ。降りみふらずみ定めなき頃の空のけしきはいとゞ袖の暇なき心ちして、おきふしながめわぶれど、絕えて程ふる覺束なさの、ならはぬ