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まづ陵王舞ひけり。それも同じほどのわらはにて我が甥なり。馴しつるほど、こゝにて見、かしこにて見な〈ど脫歟〉かたみにしつ。されば次に舞ひておぼえによりてにや、御ぞ賜はりたり。内よりはやがて車のしりに陵王も乘せてまかでられたり。ありつるやう語り我がおもてを興しつる事、上達部どもの皆泣きらうたがりつる事などかへすがへすも泣く泣く語らる。弓の師呼びにやりきて又こゝにてなにくれとてやゝかづくれば憂きみかとも覺えず。嬉しきことぞものこき〈二字ににぬイ〉。その夜も〈そか〉の後の二三日まで知りと知りたる人法師に至るまで若君の御喜きこえにきこえにとおこせいふを聞くにも、あやしきまで嬉し。』かくて、四月になりぬ。十日よりしも又五月十日ばかりまで「いとあやしく惱ましき頃になむある」とて例のやうにもあらで「七八日おほとにて念じてなむおぼつかなさに」などいひて「夜の程にてもあれば、かく苦しうてなむ,內へも參らねばかくありきけりと見ら〈如元〉むもびんなかるべし」とて歸りなどせし人おこ〈せイ有〉たりて〈てイ無〉と聞くに待つほど過ぐる心ちす。怪しと人知れず今宵を試みむと思ふほどに、はてはせうそくだになくて久しくなりぬ。めづらしくあやしと思へどつれなしをつくり渡るに、よるは世界の車の聲に胸うち潰れつゝ時々は寢入りて明けにけるはと思ふにぞ、ましてあさましき。幼き人通ひつゝ聞けど、さるはなでふ事もなる〈かイ〉なり。いかにぞとだに問ひふれざなり。ましてこれよりは何せむにかはあやしともものせむと思ひつゝ暮し明して格子などあくるに見出したれば、よる雨の降りける氣色にて木ども露かゝりたり。見るまゝに覺ゆるやう、