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こた〈とカ〉ぢ給ひしところにて經の心說かせ給はむとにこそありけれ。とばかりいふを聞くに、もの覺えずなりてのちの事どもはおぼえずなりぬ。あるべき事ども終りてかへる。やがて服ぬぐににび色のものども扇まではらへなどするほどに、

 「藤衣流すなみだのかはみづはきしにもまさるものにぞありける」

と覺えていみじうなかるれば人にもいはでやみぬ。きる〈忌日カ〉など果てし〈ゝカ〉例のつれづれなるに彈くとはなけれど琴おしのごひてかきならしなどするに、忌なき程にもなりにけるを、あはれにはかなくてもなど思ふ程に、あなたより、

 「今はとて彈き出づる琴のねを聞けばうちかへしても猶ぞ悲しき」

とあるにことなることもあらねどこれを思へばいとゞ泣きまさりて、

 「なき人はおとづれもせでことの緖を斷ちしつき日ぞかへりきにける」。

かくてあまたある中にも賴もしきものに思ふ人この夏より遠くもろこ〈二字のカ〉しぬべき事のあるを、服果てゝとありつれば、この頃出で立ちなむとす。これを思ふに心細しと思ふにぞ〈もカ〉おろかなり。今はとて出で立つ日渡りて見る。さうずく一くだりばかりはかなき物など硯筥一よろひに入れていみじう騷がしう罵りみちたれど、我も行く人も目も見合せす唯向ひ居て淚をせきかねつゝ「皆人はか〈かイ無〉など念ぜさせ給へ〈一字はぬイ〉いみじう忌むなり」などに〈ぞカ〉いふ。されば車に乘り果てむを見むはいみじからむと思ふに家より「疾く渡りね。こゝに物したり」とあれば車寄せさせて乘るほどに、行く人はふたゐの小袿なり。とまるは唯うすものゝ赤朽葉を