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きて結びたる卷目はこまごまと窪みたるに、墨のいと黑う薄く、くだりせばに裏うへ書きみだりたるを、うち返し久しう見るこそ何事ならむとよそにて見やりたるもをかしけれ。まいてうちほゝゑむ所はいとゆかしけれど、遠う居たる〈れイ〉は黑き文字などばかりぞ、さなめりと覺ゆるかし。額髮ながやかにおもやうよき人の、暗き程に文を得て、火ともす程も心もとなきにや、火桶の火をはさみあげて、たどたどしげに見居たるこそをかしけれ。

     きらきらしきもの

大將の御さきおひたる。孔雀經の御讀經。御修法は五大尊。藏人式部丞、白馬の日大路ねりたる。御齋會左右衞門佐摺衣やりたる。季の御讀經。熾盛光の御修法。神のいたく鳴るをりに神鳴の陣こそいみじうおそろしけれ。左右の大將、中少將などのみ格子のつらに侍ひ給ふいとをかしげなり。はてぬるをり大將の仰せて「のぼりおり」とのたまふらむ。坤元錄の御屛風こそをかしう覺ゆる名なれ。漢書の御屛風はをゝしくぞ聞えたる。月次の御屛風もをかし。

方違などして夜ふかくかへる、寒きこといとわりなく、頤なども皆おちぬべきを、辛うじてきつきて火桶引き寄せたるに、火の多きにてつゆ黑みたる所なくめでたきを、こまかなる灰の中よりおこし出でたるこそいみじう嬉しけれ。物などいひて火の消ゆらむも知らず居たるに、こと人の來て炭入れておこすこそいとにくけれ。されどめぐりに置きて中に火をあらせたるはよし。皆火を外ざまに搔き遣りて炭を重ね置きたるいたゞきに、火ども置きたるがいとむづかし。