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みはしのもとにおちにけり。

關白殿〈道隆〉二月とを日〈正曆五年〉のほどに、法興院の釋泉寺といふ御堂にて、一切經供養せさせたまふ。女院、宮の御まへもおはしますべければ、二月朔日のほどに二條の宮へ入らせ給ふ。夜更けてねぶたくなりにしかば、何事も見入れず。つとめて日のうらゝかにさし出でたるほどに起きたれば、いと白うあたらしうをかしげに作りたるにみずより始めて昨日かけたるなめり、御しつらひ獅子狛犬などいつのほどにや〈如元〉入り居けむとぞをかしき。櫻の一丈ばかりにていみじう咲きたるやうにてみはしのもとにあれば、いと疾う咲きたるかな、梅こそ唯今盛なめれと見ゆるは作りたるなめり。すべて花のにほひなど吹きたるに劣らず、いかにうるさかりけむ。雨降らば萎みなむかしと見るぞ口惜しき。小家などいふ物の多かりける所を今作らせ給へれば木だちなどの見所あるはいまだなし。唯宮のさまぞけぢかくをかしげなる。殿渡らせ給へり。靑鈍の堅紋の御指貫、櫻の直衣に紅の御ぞ三つばかり唯直衣にかさねてぞ奉りたる。御まへより始めて紅梅の濃きうすき織物、かた紋、りう紋などあるかぎり着たれば、唯ひかり滿ちてからぎぬは萠黃、柳、紅梅などもあり。御前に居させ給ひて物など聞えさせ給ふ。御いらへのあらまほしきを里人に僅にのぞかせばやと見奉る。女房どもを御覽じ渡して宮に「何事をおぼしめすらむ、こゝらめでたき人々をなべすゑて御覽ずるこそいと羨しけれ。一人わろき人なしや。これ家々のむすめぞかし。あはれなり。よくかへりみてこそさぶらはせ給はめ。さてもこの宮の御心をばいかに知り奉りて集り參りたまへるぞ。いかにいやしく