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なたの方の人は物もおぼえずあさましうなりて、いとにくゝあいぎやうなくて、あなたによりて殊更にまけさせむとしけるをなど、かた時のほどに思ふに、右の人をこに思ひてうち笑ひて、やゝ更に知らずとくちひきたれてさるがうしかくるに、數させ數させとてさゝせつ。いと怪しきこと、これ知らぬもの誰かあらむ、更に數さすまじと論ずれど、知らずといひ出でむは、などてかまくるにならざらむとて、つぎつぎのもこの人に論じかたせける。いみじう人の知りたる事なれど覺えぬ事はさこそはあれ。何しかはえ知らずといひしと後に恨みられて罪さりける」事を語り出でさせ給へば、おまへなる限はさは思ふべし。「口をしく思ひけむ。こなたの人の心ち聞しめしたりけむ、いかににくかりけむ」など笑ふ。これは忘れたることかは、皆人知りたることにや。

正月十日、空いとくらう雲も厚く見えながら、さすがに日はいとけざやかに照りたるにえせものゝ家のうしろ、あらばたけなどいふものゝ土もうるはしうなほからぬに、桃の木わかだちていとしもとがちにさし出でたる、片つ方は靑く今片枝は濃くつやゝかにて蘇枋のやうに見えたるにほそやかなる童の狩衣はかけやりなどして、髮は麗しきがのぼりたれば、又紅梅のきぬ白きなど、ひきはこえたるをのご、はうくわはきたる、木のもとに立ちて「我によき木切りていで」など乞ふに、又髮をかしげなるわらはべの衵ども綻びがちにて袴はなえたれど、色などよき、うち着たる三四人「卯槌の木のよからむ切りておろせ。こゝに召すぞ」などいひて、おろしたれば、はしりがひ、「とりわき我に多く」などいふこそをかしけれ。黑き袴着