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りながといへかし。をのわらはのきるやうに、なぞからぎぬは短ききぬとこそいはめ。されどそれはもろこしの人の着るものなれば。うへのきぬの袴さいふべし。下襲もよし。又大口、長さよりは口ひろければ。袴いとあぢきなし。指貫もなぞ、あしぎぬ、もしはさやうのものは足ぶくろなどもいへかし」などよろづの事をいひのゝしるを、「いであなかしがまし。今はいはじ。ね給ひね」といふいらへに、よゐの僧の「いとわろからむ。夜ひと夜こそ猶のたまはめ」と憎しと思ひたる聲ざまにていひ出でたりしこそをかしかりしにそへて驚かれにしか。

故殿〈道隆〉の御ために月ごとの十日御經佛供養せさせ給ひしを、九月十日しきの御ざうしにてせさせ給ふ。上達部殿上人いとおほかり。せいはんかうじにて說く事どもいとかなしければ、殊に物の哀ふかゝるまじき若き人も皆泣くめり。はてゝ酒のみ詩ずんじなどするに、頭中將たゝのぶの君「月秋ときして身いづくにか」といふことをうち出し給へりしかば、いみじうめでたし。いかでかは思ひいで給ひけむ。おはします所に分け參るほどに、立ち出でさせ給ひて「めでたしな。いみじうけうの事にいひたる事にこそあれ」とのたまはすれば「それをけいしにとて物も見さして參り侍りつるなり。猶いとめでたくこそ思ひ侍れ」ときこえさすれば、「ましてさおぼゆらむ」と仰せらるゝ。わざと呼びもいで、おのづからあふ所にては「などかまろをまほに近くは語らひ給はぬ。さすがににくしなど思ひたるさまにはあらずと知りたるをいとあやしくなむ。さばかり年ごろになりぬるとくいのうとくてやむはなし。殿上などに明暮なきをりもあらば何ごとをか思ひ出にせむ」とのたまへば「さらなり。かたかるべ