Page:Kokubun taikan 09 part1.djvu/259

このページは校正済みです

つゝむ事さふらはずは、千歌なりともこれより出でまうでこまし」とけいしつ。御かたゞた君達うへ人など御まへに人多く侍へば、廂の柱によりかゝりて女房と物語して居たるに、物をなげ賜はせたる、あけて見れば「思ふべしやいなや。第一ならずはいかゞ」と問はせたまへり。御前にて物語などするついでにも「すべて人には一に思はれずば、さらに何にかせむ。唯いみじうにくまれあしうせられてあらむ。二三にてはしぬともあらじ。一にてをあらむ」などいへば、一乘の法なりと人々わらふことのすぢなめり。筆紙たまはりたれば「九品運臺の中には下品といふとも」と書きてまゐらせたれば「むげに思ひくんじにけり。いとわろし。言ひそめつる事はさてこそあらめ」とのたまはすれば「人に隨ひてこそ」と申す。「それがわろきぞかし。だい一の人に又一に思はれむとこそ思はめ」と仰せらるゝもいとをかし。

中納言殿〈隆家〉まゐらせ給ひて御扇奉らせ給ふに「隆家こそいみじきほねをえて侍れ。それをはらせて參らせむとするを、おぼろけの紙ははるまじければもとめ侍るなり」と申し給ふ。「いかやうなるにかある」と問ひ聞えさせ給へば、「すべていみじく侍る。更にまだ見ぬほねのさまなりとなむ人々申す。まことにかばかりのは侍らざりつ」とこと高く申し給へば、「さて扇のにはあらで、くらげのなり」と聞ゆれば、「これは隆家がことにしてむ」とて笑ひ給ふ。かやうの事こそかたはらいたき物のうちに入れつべけれど、人ごとな落しそと侍れば、いかゞはせむ。

雨のうちはへ降るころ今日もふるに、御使にて式部のしようのぶつね參りたり。例のしとね